・第289話:「粛清(しゅくせい)」
セリスの作戦は、まずはライの裏切りの証拠を手にすることを目的としていた。
だが、その証拠を得た後は、2つのパターンに分けられている。
理想的なのは、そのままセリスが無事にライたちの野営地を脱出して、証拠をエリックたちに届けることだった。
しかし、ライたちは巧妙に自身たちの正体を隠せるほどの知恵を持っていたから、セリスであっても確実に成功できるとは限らない。
万が一、潜入して来たセリスにライたちが気づき、証拠を隠滅するためにセリスを捕らえるか、殺害しようとした場合。
その時に備えて用意されていたのが、作戦の2パターン目だった。
セリスの安全を確保するために、セリスにはアヌルスが魔法をかけ、セリスが耳にする周囲の音は、野営地の外で待機していたエリックたちにも聞くことができるようにされていた。
そうして、もしもセリスが危機に陥れば、即座にエリックが助けに入れるように手筈が整えられていたのだ。
結局、ライはセリスの潜入に気づき、エリックがセリスの救出のために突入することとなった。
そしてこの、いわゆるBプランを取ったということは、陰惨な出来事の始まりをも意味していた。
ライは、裏切り者だった。
ということはつまり、彼の部下として反乱軍に加わって来た魔王軍の残党たちも、裏切り者であるという可能性が高い。
聖都への総攻撃を目前とした時期に、そのような裏切りの懸念のある者たちを、反乱軍の内側に存在させておくわけにはいかなかった。
エリックがライを倒し、セリスと共に臨戦態勢をとるころには、異常に気づいたライの仲間たちが、エリックとセリスの周囲を取り囲んでいた。
裏切りが露見してしまった以上、彼らにはもう、この場でエリックを始末し、なんとか聖都へと逃げ込むしか、生き延びる方法は残されていないからだ。
しかし、そうしてエリックとセリスを取り囲んだライの仲間たちのさらに外側から、ケヴィンとガルヴィンに指揮された兵士たちが包囲網を作っていた。
裏切りが発覚した以上、反乱軍はこの裏切り者たちを生かしておくことはできない。
ケヴィントガルヴィンに指揮された隊は、ライの仲間たちを粛清(しゅくせい)するためのものだった。
粛清(しゅくせい)は、ただちに開始された。
反乱軍の中には、他にも裏切り者たちが潜んでいるかもしれない。
それらの裏切り者たちがそれぞれ連携しているのかどうかはわからなかったが、ライたちの裏切りが発覚して争いになっているのに合わせて動かれてしまうと、反乱軍の陣営には少なからず混乱が生じることとなる。
そしてその混乱に聖母たちがつけこんでくれば、厄介なことになる。
だから、そうなる前に、エリックたちはライと、その部下たちを始末しなければならなかった。
戦いは、ほぼ一方的なものとなった。
ライとその部下たちは裏切り者だったが、エリックたちがあらかじめ粛清(しゅくせい)の準備を整えていたのに対し、彼らは応戦する準備は整えていなかった。
しかも、ライたちを粛清(しゅくせい)するために集められた兵士たちは、ライたちよりもずっと多い。
多数で周囲を完全に包囲し、準備万端な状態で、準備のできていない敵を攻撃するという、エリックたちにとって圧倒的に有利な状況で始まった粛清(しゅくせい)は、形勢が変化することなく進展していった。
ライの仲間たちは、次々と討ち取られていく。
中には、自分はなにも知らないとか、裏切りには反対だったのだと主張し、降伏しようとする者たちもいるが、エリックたちはそういった者たちにも容赦なく粛清(しゅくせい)を加えて行った。
降伏しようとする者を斬ることは、エリックの心に罪悪感を生みはしたものの、彼らが実際に裏切りに加担していた以上、情けをかけることはできなかった。
彼らは、反乱軍を裏切り、エリックを暗殺しようとまで企んでいたのだ。
そんな者たちを許してしまっては、反乱軍では裏切り者でも降伏すれば許すのだという風潮が生まれ、平然と二心を抱く者たちが出てきかねない。
そんな事態を防ぐために、エリックたちは、ライとその仲間たちを見せしめにしなければならなかった。
粛清(しゅくせい)は、ほんの30分ほどの間に終わった。
もし反乱軍に他にも裏切り者が潜んでいたのだとしても、なんの反応もできないような、短時間での決着だった。
エリックは戦いの中で、30人ほどの魔物や亜人種たちを斬り捨てた。
中には命乞いをする者もいたが、エリックもう、容赦しなかった。
かつてのエリックであれば、きっと、そんなふうに命乞いをしてくる者は、たとえ裏切り者であったとしても斬ることはできなかっただろう。
根っこのところで甘さのあったかつてのエリックには、そんな冷徹な決断は下せなかった。
だが、今のエリックは、自分が甘かったことを理解しているし、冷徹な判断を下すこともできる。
エリックは勇者と魔王の力を用い、聖剣を振るって、戦意を失って命乞いをする者たちの命を刈り取って行った。
決して、後味の良い戦いではなかった。
そうしなければならないと、冷徹に命を奪ったエリックだったが、そうすることができたのはエリック自身が甘さを捨て去ったからであって、善悪を判断するエリックの心の基準までは変わってはいないからだ。
慈悲深くあれ。
高貴な貴族として幼いころから教え込まれたその考え方は、今でもエリックの中に残っているし、無抵抗な者を容赦なく斬り捨てるたびに、エリックの心は痛みを覚えていた。
それは、セリスも同じであるようだった。
彼女はエリックの背中を守って戦い、数名の敵を倒していたが、かつて戦友として戦っていたはずの魔物や亜人種の返り血にまみれたセリスの表情は、憂鬱なものになっていた。
(こんなことは、もう、たくさんだ)
エリックは、戦いが終わり、静寂を取り戻した野営地に立ち、無数のかがり火で浮かび上がるように見える聖都の城壁の方をにらみつけながら、1秒でも早く聖母を滅ぼしたいと願っていた。
聖母を倒せば、ひとまず、こんな戦いは終わりにできるはずだったからだ。
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