・第288話:「ライ:4」

「アーア。ミツカッチマッタ」


 この証拠を持って、ケヴィンのところに戻り、エリックに警告しなければ。

 セリスがそう考えながら静かにナイフへと手をのばした時、唐突に、セリスの背後で残念がっているような声が聞こえてきた。


 セリスが背後を振り返ると、そこには、眠っていたはずのライが立っている。


 その表情は、冷酷な殺意に満ちたものだった。


 セリスは咄嗟(とっさ)に立ち上がって、ライに対して臨戦態勢を取ろうとする。

 忍び込んでいる現場を押さえられただけでなく、決定的な証拠を発見してしまった以上、ライとの敵対は避けられないことだったからだ。


 しかしセリスは、立ち上がることも、腰の後ろに装備している短剣を引き抜くこともできなかった。

 セリスのその行動を予期していたかのような素早さと正確さでのびてきたライの腕がセリスの顔面をわしづかみにし、そのまま彼女を地面の上に押し倒したからだった。


「……っ! 」


 セリスは地面に叩きつけられるように押し倒された痛みで息を詰まらせ、ライの手でふさがれた口からくぐもった悲鳴を漏(も)らした。


「ブゥッヒッヒ……。

 スコシマエカラ、オレタチニサグリヲイレテイタヨウダガ、アセッタナ?


 オレタチハミハリニ、マホウモツカウンダ。

 ダレカガシノビコンデキタラ、スグニオレニツタワッテクル。


 オマエガキテイルコトハ、ズット、オミトオシダッタノサ」


 セリスはなんとか大声を出してライの裏切りを周囲に知らせようとしたが、肉の厚いオークの手で顔面をわしづかみにされ、口を塞がれているだけではなく、あごもうまく動かすことができず、くぐもった声しか出すことができない。

 そんなセリスを見おろしながら種明かしをしたライは、ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべた。


「オイオイ、ソンナニモガクト、スグニチッソクシチマウゼ? 」


 実際のところ、セリスは息が苦しくなってきていた。

 肉厚なオークの手で、口も、鼻も塞がれてしまって、呼吸ができないのだ。


 セリスは、なんとかライの拘束から逃れようと、ジタバタと暴れる。

 しかし、力の強い魔物であるオークにガッチリと抑え込まれている状態では、人間とさほど力の変わらないエルフであるセリスが逃げ出すことは不可能だった。


 段々と、意識が朦朧(もうろう)としてくる。

 セリスの抵抗する力は徐々に弱まり、もがく手足もぐったりとしてくる。


「アア、ソウダ、サッサトキゼツシチマエ」


 そんなセリスの様子を見おろしながら、ライは貪欲(どんよく)なケダモノの笑みを浮かべる。


「コソコソ、オレタチノコトヲカギマワリヤガッテ、コッチモ、イライラシテタンダ。

 オマエガオトナシクナッタラ、モウニゲラレナイヨウニ、コエモダセナイヨウニ、コウソクシテ……。


 ソレカラ、タップリトカワイガッテヤル!


 マエカラ、エルフトハイチド、シテミタカッタンダ。

 オレサマノモノニヒキサカレルヒメイヲキクノガ、タノシミダ!


 アノ、エリックハ、ソレカラ、ユックリトコロシテヤル! 」


 セリスは身体の底から嫌悪感を覚えたが、しかし、もう抵抗する力は残っていなかった。


(エリック……)


 セリスの意識は、そう助けを求めながら、消えていく。


────────────────────────────────────────


 セリスを押さえつけていたライの身体を、エリックの聖剣が背後から貫いたのは、セリスが完全に意識を失う、その寸前のことだった。


「ンナッ、ァアァッ!!? 」


 ライは自身の胸部を貫いた聖剣の切っ先に驚愕したが、彼は、自分になにが起こったのかを理解する余裕もなかった。

 なぜなら、聖剣をライへと突き刺したエリックは聖剣でライの身体を斬り裂き、彼の心臓を止めて、ライの鼓動を永遠に停止させたからだ。


 それからエリックは、ライの死体がセリスの上に倒れこまないように引っ張り、ライの死体を地面に乱暴に転がしてから、セリスに向かって手を差し出した。


 エリックの姿は、[新魔王]としての姿だった。

 おそらくは、ライを強襲するために飛行能力を使用したのだろう。


「セリス、ごめん、遅くなった」


 エリックは、やっと呼吸ができるようになり、あえぐように空気を肺の中に取り込んでいるセリスの苦しそうな様子を見て、そう言って謝罪する。


「バカッ!

 ナンっ、で、もっと、早く! 来て、くれなかったのよ!? 」


 そんなエリックに、セリスは息の苦しさからまなじりに涙を浮かべてそう抗議しつつ、エリックの手をやや乱暴にとった。


「ごめん、でも、ライが裏切っているっていう証拠を、奴の口から聞きたかったんだ」


 セリスを助け起こしながら、エリックは重ねてそう謝罪する。


「まったく……。もう、本当に、どうなるかと思ったじゃない」


 そのエリックの言葉に納得したわけではなかったが、ひとまずセリスは、それ以上エリックを責めようとはしなかった。


 その代わり、彼女は自身の腰の後ろに装備した短剣を引き抜いて、臨戦態勢をとる。

 エリックも同じで、2人は背中合わせになって、周囲を警戒する。


 ライが裏切っていた。

 ということは、ライが引き連れていた魔王軍の残党たちも、裏切っている可能性が高いのだ。


 そしてエリックとセリスは、その、裏切り者たちの中心にいるのだ。

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