・第271話:「考え」
エリックたち反乱軍にとって、時間は味方であると言って良かった。
聖母の本性を、その残虐さを知った人々は聖母から離反しつつあり、その動きは新勇者が新魔王・エリックに倒されたとの知らせが大陸中に広まったのと合わせて、加速しつつある。
日増しに、反乱軍に対して帰順するという申し出や、聖母との戦いにおいて中立を表明する諸侯が増えてきている。
最近では、人間社会の商人たちからの接触もあった。
商魂たくましい彼ら商人は、戦争は金儲けのチャンスととらえ、反乱軍にとって必要となりそうな物資を売りつけるためにやってきているのだ。
それだけではなく、聖母をエリックたち反乱軍が倒した後の世界を見すえ、「エリックが新魔王として、聖母に代わって君臨するのだ」という解釈をした者たちは、その次の時代に様々な便宜を図ってもらえないかと、多くの貢物を差し出して来たりもした。
聖母を倒した、その先。
それはエリックにとって、考えてみたこともないことだった。
聖母に騙(だま)され、裏切られたことの復讐(ふくしゅう)を果たす。
そして、この世界を聖母の支配から解放する。
エリックの脳裏にあったのはそういった純粋(じゅんすい)で尖った感情で、聖母に代わってこの世界を支配しようなどという意図はまったくなかったし、興味もなかった。
もし、この戦いが終わって、それでもまだエリックが生きていたら。
そうしたら戦いも何もかも忘れて、故郷で穏やかに過ごしたいというのが、打算からエリックにこびへつらって来る商人たちの姿を見た後にエリックが抱いた、将来の展望だった。
もう、一生分、いや、それ以上に、エリックは戦っている。
聖母を倒すまでこの戦いをやめるつもりはなかったが、しかし、もうたくさんだと、そう思うのだ。
だからエリックは、商人たちをはじめ、やって来た人々からの貢物をすべて断った。
もちろん、物資や金はいくらあってもいいから、貢物は、本心を言えばぜひとも欲しいものだった。
だが、エリックにはこの世界の支配者になるなどという目論見はなかったし、なにより、貢物を受け取ってしまえばそれは、人々に対してエリックたち反乱軍が[私利私欲のために戦っている]と主張するようなものだった。
もしそんなふうに人々から思われれば、エリックたち反乱軍は、聖母を倒すという大義のためではなく、自分たちが聖母に成り代わって世界を支配するために戦っているのだと思われてしまうことになる。
それは、エリックたちにとっては心外なことだった。
聖母の非道を正し、世界を聖母の支配から解放して平和な世界を作るという理想のために命をかけているのに、私利私欲によって戦っていると誤解されては、あまりにも気分が悪い。
とにかく、エリックたち反乱軍にとって、状況は良くなり続けていた。
新たに反乱軍に参加して来た諸侯もいたし、商人たちから物資を買いつけることができるようになったおかげで、補給の心配もかなり軽減された。
だが、やはり運河の城塞は陥落しなかった。
相変わらず指揮官の抗戦の意志は固く、少なくとも食料などの物資がつきるまでは、攻略することが難しそうだった。
そんな時、「考えがある」と言い出したのは、魔術師・クラリッサだった。
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運河の城塞を包囲してから、すでに1週間以上が経過していた。
その間、威力偵察のための小さな戦闘は数回あったが、まだ、本格的な戦闘には至ってはいない。
いい加減、力攻めにして、一気に城塞を攻略してはどうか。
少しも揺らぐ様子のない城塞を前に、反乱軍の中からはそういう意見も出始めている。
反乱軍の幹部たちの内で、リザードマンのラガルトなどは、総攻撃に賛同していた。
1度、本気で戦ってみて、再編成した反乱軍がどこまで戦えるのか、新たに構築した指揮系統がきちんと機能するかどうかを確認しておくべきだという理由と、城塞を一気に陥落させることで、反乱軍に聖都へと進撃する[勢い]をつけるべきだというのが、ラガルトの言い分だった。
このラガルトの意見には、エルフの魔術師、アヌルスなども賛同していた。
彼女は徹底的な人間嫌いで有名だったが、ただ人間が嫌いだから攻撃しようと言っているわけではない。
明確な形で聖母に支配された軍隊を攻撃して打ち破れば、現在進んでいる、人間社会の聖母からの離反がより進むだろうというのが、彼女の見解だった。
エリック自身も、総攻撃による城塞の攻略を考慮し始めていた。
時間が過ぎれば過ぎるほど状況は反乱軍にとって良いものとなっていたが、このまま聖母がなにもせずにいるとも思えない。
聖母がまたなにかをしかけて来る前に城塞を攻略してしまった方がいいのではないかと、そんな風に思えてきているのだ。
力攻めでは大きな犠牲が出るから、というのが城塞を総攻撃しない理由だったが、しかし、その犠牲は、エリックが前面に出て戦うことで大きく軽減できるかもしれない。
反乱軍の中核であり、聖母を倒せる可能性を持った唯一の存在であるエリックに万一のことがあってはいけないと、聖母との直接対決の時までなるべくエリックは前に出ないようにするべきだ、というのが反乱軍の幹部たちの一致した意見だったが、エリックは真剣に自分が前に出て城塞を攻略することを考え始めていた。
「威力偵察とか、諸々をしてもらって、分かったことなんだけど。
あの城塞の中にね、あたしの知り合いがいるかもしれない」
そんな時に考えがあると言い出したクラリッサは、集まった反乱軍の幹部たちに対してまずそう表明すると、自信ありげに不敵な笑みを浮かべた。
「あたし、そいつを説得できるかもしれない。
そうすれば、あの城塞、簡単に手に入ると思うんだ」
そのクラリッサからの提案に、エリックたち反乱軍の幹部は、互いの顔を見合わせた。
犠牲なしで城塞を手に入れることができるのなら、それに越したことはなかったからだ。
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