・第270話:「運河の要塞」
聖母の支配の下、数多くの人間たちが暮らしているサエウム・テラは、広大な大陸だった。
そしてそこには様々な地形があり、多くの高低差がある。
聖母の命令によって建設された運河は、その大陸中に張り巡らされている。
それは人々の生活を豊かにするのと同時に、[これだけのことをさせる力を持っているのだ]という、聖母の権威を誇示するための大事業だった。
そして、この運河を建設する際に、大陸に存在する多くの高低差を乗り越えるために、閘門(こうもん)と呼ばれる設備が建設されていた。
水は、高いところから低いところへと流れる。
運河を行く船舶は、下る場合には流れが十分に穏やかであれば問題ないのだが、水の流れに逆らって上る場合は、簡単なことではない。
その問題を解決するための設備が閘門(こうもん)で、これは、2つの水門をセットにした設備だった。
まず、船舶を水門と水門の間に通し、それから、水門を閉鎖する。
そして、閘門(こうもん)内部の水かさを上げたり、下げたりすることで、船舶に高低差を突破させるのだ。
サエウム・テラでは、この閘門(こうもん)は、船舶に高低差を突破させるという本来の目的以外にも、運河の交通を管理・監視するという役割も持たされていた。
閘門(こうもん)の内部で水かさが変化するのを待つ時間は、船舶に積載された貨物を調べ、乗客たちを調査するのにちょうどよい時間であり、治安を維持する目的と、人々が聖母に対して異心を持っていないかどうかを確かめる目的で、閘門(こうもん)は関所のような役割を果たして来た。
そして、エリックたち反乱軍が聖都へと進撃しようとする場合、最低1か所はこの閘門(こうもん)を突破しなければならない。
だがその突破するべき閘門(こうもん)は、強固な城塞によって守られていた。
閘門(こうもん)はサエウム・テラの物流を管理・監視する拠点となっており、そこを抑えておくことで、聖母は人類社会そのものを自身のコントロール下に置くことができる。
そのために強固な城塞が築かれ、高く厚い城壁と、いくつもの兵器、そして多くの兵士たちによって守られている。
聖母は人類を支配していくうえで重要なこの城塞を、自身の直轄としていた。
サエウム・テラには多くの城が築かれているが、そのほとんどは諸侯たちが自身の領地を統治し、守備するために建設されたものだったが、この運河の要塞は、聖母の命令によって作られたものだった。
その指揮官は聖母によって選ばれた者であり、聖母に対する忠誠心は厚い。
聖母から人々の心が急速に離れ、反乱軍になびく者が数多く表れている中でも、運河を守る城塞の指揮官は降伏を拒否し、徹底抗戦を表明してきたのは、そのためだった。
再編成を終えたエリックたち反乱軍は、運河を利用しながら、抵抗することを表明したこの城塞を攻略するべく進軍した。
そしてその周囲をぐるりと取り囲み、完全な包囲下に置いた。
だが、エリックはすぐには攻撃開始を命令しなかった。
人類社会は動揺し、人心は聖母から離れて行っており、そんな状況下では城塞に対して満足な援軍が送られてくるはずもない。
だから、ゆっくりと包囲を狭めながら城塞を攻略する糸口をつかもうというのが、すぐに城塞に攻めかからない理由だった。
城塞の守りは、固い。
そこを守らされている兵士たちの戦意はかなり低下してはいるものの、指揮官は頑なに反乱軍と戦うと主張しており、反乱軍が攻めれば間違いなく、強力に反撃してくる。
運河の城塞は聖母の支配にとっての重要拠点であるだけに、普段から十分な備えが施されている。
半年以上は優に籠城することのできる食料に、大量の武器。
高度な魔法具を使用して聖都と直接連絡を取ることのできる専用の設備も整えられており、虚報によって指揮官の抗戦の意志をくじくこともできない。
正面から攻撃をかければ、反乱軍にも大きな被害が出ると予想されていた。
今や7万を数えるまでに拡大した反乱軍の戦力をもってすれば、城塞を力攻めで攻略することも不可能な話ではなかった。
ましてや、こちらには勇者と魔王の力を持ったエリックがいるのだから、なおさらだ。
だが、じっくりと落ち着いて考えても良いような状況で、力攻めを行い、大きな損害を出すことは、できれば避けたかった。
聖母を倒すためには多くの犠牲が出ることはやむを得ないことだったが、それを少なくできるのならばやはりその方がいい。
しかし、エリックたち反乱軍はなかなか、城塞を攻略する糸口をつかむことができなかった。
どこかに守りの手薄なところがあればと思っていたのだが、聖母の支配にとっての重要拠点である運河の城塞は定期的に補修や改修が行われており、経年劣化などで守りが弱くなっているところはなかったし、そもそもの設計が悪くて弱点となってしまっているような場所も、改修によってすべて守りを固められていた。
威力偵察を兼ねて、軽く攻撃をかけてみても、城塞の守りの固さを再確認することができただけだった。
やはり城兵たちの戦意は低く、熱烈に抗戦を主張している指揮官との間の温度差は激しいようだった。
だが、城塞に配備された教会騎士などから監視下に置かれている兵士たちは戦っている様子を見せる他はなく、反乱軍の攻撃に対して必ず反撃して来た。
しかも、城塞の守備兵力には、竜もいるようだった。
この世界の竜は、伝説によれば、元々は神々の乗り物であったと伝えられているのだが、現在、聖母の戦力として利用されている竜は、人間でも制御することができるように[改良]されたものだった。
だから、伝説上に存在する竜ほどの力や神秘性は失われているのだが、しかし、それでも竜たちがいることは厄介なことだった。
空からの攻撃というのは、対処が難しいのだ。
竜は素早く、頑強な鱗におおわれているため、生半可な攻撃は通用しない。
しかもそれが数十頭単位の集団で襲ってくるとなれば、なおさらだ。
戦えば竜が相手だろうとエリックなら勝てるが、数十頭を同時に相手にすることは難しく、竜たちをなんらかの手段で無力化しなければ、城塞を攻略する際に少なくない損害を受けることになる。
エリックたち反乱軍は、城塞を容易には攻略することができず、包囲は長期化するのではないかと、誰もがそう思うようになり始めていた。
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