・第269話:「再編成」
補給基地の守備ついていた人類軍の兵士たちは、その手で、かつての同僚たちを生き埋めにさせられた者たちだった。
虐殺を命じられた時は、それが聖母の命令であると盲従し、命乞いをする捕虜たちを生き埋めにしてしまった彼らだったが、時間が経つにつれて、そのことの罪悪感を抱き、そして、そのあまりの凄惨さに、耐え切れなくなったようだった。
自分たちは、なんということをしてしまったのだ。
その、後悔してもしきれないという感情は、兵士たちに聖母から離反することを決意させた。
自分たちの手で生き埋めにしてしまった同僚たちは、もう、返ってこない。
もはや、自分たちが犯してしまった罪は、取り返しのつかないもので、どんなに贖罪(しょくざい)しようとしても、できるものではない。
人類軍の兵士たちはみな、それほどの大罪人となってしまった自分たちができることは、2つに1つだけだと考えるようになっていた。
1つは、自ら命を絶って、ほんのわずかでも罪をつぐなうこと。
もう1つは、聖母と戦い、このような惨劇が2度と起こらないようにすることだった。
そして兵士たちは、2つ目の、聖母と戦うという選択肢を選んだ。
聖母の命令に従って、捕虜たちを虐殺してしまったのは、兵士たちだった。
その事実は今さら変えることなどできないし、今さら聖母と戦って少しでも罪をつぐないたいと言っても、虐殺された捕虜たちが虐殺を実行した兵士たちを許すとも思えない。
だが、ただ命を絶つよりは、聖母を道連れにして死ぬ方が、まだいい。
兵士たちはそんなふうに考えたようだった。
補給基地を守っていた兵士たちの降伏と反乱軍への傘下の申し出を、エリックたちは了承した。
新たに降伏して来た兵士たちは、かつては聖母の虐殺の命令にも従ってしまうほどに聖母を盲信してしまっていた者たちだったが、エリックは彼らは裏切らないだろうと思ったのだ。
兵士たちの心情は、リディアと似ている部分がある。
聖母によって作られ、その運命を支配されていたとはいえ、リディアは自らの手で多くの勇者たちを裏切り、始末し続けてきたのだ。
そんなリディアは、今は、エリックにとっての本当の仲間になっていた。
彼女は聖母を倒すために、かつて聖母から与えられた聖女としての力を行使し、必死に戦ってくれている。
そんなリディアと似た立場、似た状況の兵士たちであれば、反乱軍のために死力をつくして戦ってくれるのに違いなかった。
こうしてエリックたち反乱軍は、運河を利用することができるようになった。
同時に、反乱軍は自分たちの拠点として使用することにした人類軍の補給基地を起点として、聖母の側が運河を利用することを禁止することも可能となった。
それだけではなく、反乱軍はその戦力を、一気に7万を超える規模にまで拡大することとなった。
────────────────────────────────────────
エリックたちは人類軍の補給基地でいったん立ち止まり、自身の組織の再編成を行った。
多くの諸侯や兵士たちの参加で膨れ上がった反乱軍は、今のところはまだ、烏合の衆に過ぎなかった。
統一された指揮系統というものが整備されておらず、今のままではいざ、戦いになったとしても、統率がとれず、それぞれの部隊がそれぞれの判断でバラバラに戦うしかない状況だった。
それを整理し、7万もの兵力が1つの軍隊として、統一された指揮に従い、それぞれの部隊が連携しあいながら戦うことができるように、組織を作り直す必要があったのだ。
エリックたち反乱軍は、デューク伯爵の城を出発する際の5000名に、早くに反乱軍に加入して来た諸侯の軍を加えた1万を本軍として、残りの6万の軍をそれぞれ1万の大きな単位に整理し、それぞれに指揮官を任命して、エリックたち反乱軍の指揮下に入れた。
これは、人類軍の編成のしかたを、そのまま踏襲(とうしゅう)したものだった。
人類軍の兵士たちは、直接は、それぞれに仕える諸侯がいる。
しかし、そのままだと各諸侯の規模が違うから、大小さまざまな兵力を持った諸侯の部隊が乱立するという状態になってしまう。
これでも戦うことはできるが、規模の異なる部隊が乱立していると、使いにくかった。
無数の諸侯の集団のそれぞれの戦闘力をすべて正確に把握し、適時に運用することなど、誰にもできないことだったからだ。
だから、一度諸侯たちが連れてきた兵士たちをバラバラにし、その兵種に応じて再編制して、いくつもの均質な部隊に再構成する必要があった。
こうすればどの部隊の戦闘力もおおよそ均質化することができ、戦局に応じて、どこにどれだけの兵力を投入すればよいのかという計算が行いやすくなる。
この再編制のために、エリックたちは数日間も進軍を停止することとなった。
しかしこれはエリックたち反乱軍の反転攻勢が、停滞したということではなかった。
この再編制をしている間にも反乱軍は人類社会への工作を続け、より多くの諸侯から聖母から離反することの約束をとりつけることができたからだ。
もはや、聖都に至るまでの経路上に、エリックたち反乱軍に抵抗しようという拠点はほとんど残ってはいなかった。
聖母に正義がないのではないかと疑い、動揺している人々は、7万という軽視できない規模にまで膨れ上がった反乱軍の存在を意識し、自ら聖母の盾となって反乱軍に抵抗しようとは考えなくなっていた。
しかし、エリックたち反乱軍には、突破しなければならない城塞が残っていた。
それは、補給基地から聖都へと向かう運河の経路上、閘門(こうもん)と呼ばれる、運河にできる高低差を乗り越えるための設備を守るように建設された、強固な城塞が降伏せずに残っているからだった。
この城塞が降伏して来なかったのは、そこが、聖母による直接の支配を受けているからだ。
諸侯が治める城はほぼすべてが反乱軍に降伏するか無抵抗を表明してきていたのだが、聖母から選ばれた指揮官によって守備されているこの運河の要塞は、決して降伏しないと宣言して、防戦の準備を進めている。
それは、反転攻勢を開始したエリックたち反乱軍が初めて直面する、強敵となるはずだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます