・第268話:「反転攻勢」
エリックたち反乱軍はこれまで、厳しい、不利な状況での戦いを強いられてきた。
常に聖母の側によって、物量では圧倒され、作戦の主導権も握られていた。
そんな中で、エリックが持つ勇者と魔王の力を頼りに、仲間たちがそれぞれの力を出し切り、兵士たちもその全力で戦ってどうにか今日まで存続してきたというのが、反乱軍だった。
しかし、いざ、反転攻勢に出てみると、反乱軍の攻勢は拍子抜けするほど順調に進んだ。
まず、エリックたち反乱軍が進軍を開始すると、いくつもの諸侯がその進軍に呼応して参集し、合流して来た。
先に反乱軍に参加したいという連絡を送ってきていた者たちで、彼らは聖母による招集に応じるフリをしながら、反乱軍の進軍に応じてはせ参じやすい場所で、エリックたちがやってくるのをずっと待っていたのだ。
そうしてエリックたち反乱軍は、聖母の勢力圏に入ってからほどなくして、1万を超える集団にまで拡大し、その規模はさらに、日を追うごとに拡大していった。
その進軍は、順調そのものだった。
反乱軍が進む先々では、諸侯が守る城は抗戦することなく自ら城を明け渡しただけではなく、エリックたち反乱軍のために物資を提供してくれたからだ。
さすがに、積極的に聖母と戦うことを望む者は、少数派だった。
もはや聖母は信頼に値する存在ではない、人間にとっての守護者などではないのだと人々は理解し始めてはいたが、それでもやはり、つい先日まで神に代わる存在として信仰して来た相手と戦うには、決心がつかない様子だった。
聖母と戦うということは、人間同士で戦うということと同義なのだ。
聖母は実際の戦闘力である教会騎士団の大半をすでに失っていたが、聖母の教えを人間たちに教え、広めるための教会にはいまだに多くの聖職者や修道士たちがおり、その数は優に10万を数えるほどだ。
そして教会に所属する者たちの多くは、聖母の名の下で、反乱軍に抵抗しようという姿勢を見せている。
普段は武器を手に取ったことなどない彼ら、彼女らだったが、聖母の号令により武器を手に取って聖都へと集結し、つけ焼き刃ながらも軍事訓練を開始したとの知らせが入っている。
もちろん、聖母の非道さを知って、離反しようとする者たちもいた。
しかし、そんな者たちのことを聖母は許さなかったし、離反を望む者たちは発見され次第、聖母の命令によって投獄されていった。
このため、本心では離反することを望みながらも、止むを得ず聖母の命令に従い、密かに逃げ出すチャンスをうかがうしかない状況に置かれた者が大勢いる。
反乱軍に加わって聖都へと進撃し、戦いを挑む。
それは聖都に集結した教会の聖職者や修道士たちと戦うということになり、その中に自身の肉親がいるという者は数多い。
聖母に従うことはできないが、かといって、人間同士で戦いたくはない。
反乱軍の理想としては自ら剣を手に取って聖母に立ち向かってくれることだったのだが、そう思う諸侯の迷いを、エリックは許容することにした。
聖母と戦うことを強要すれば確かに反乱軍の戦力は今以上に拡大するが、そこには、本心では戦いたくないと願っている者たちを含むことになる。
そしてそんな者たちは、なにかきっかけがあれば容易に動揺し、反乱軍という、出来上がったばかりの組織を瓦解させかねない恐れがあった。
反乱軍は、聖母を倒すという目的のために集まった組織だった。
その組織を構成する人々の出自は様々で、目的を同一にしているという以外には共通点が少ない。
ケヴィンたち魔王軍の残党たちや、デューク伯爵領のガルヴィンを始めとする兵士たちなど、最初期の反乱軍を構成した人々はなにがあっても動揺などしないと確信が持てる。
しかし、反転攻勢を開始した反乱軍に同調し、傘下に加わって来た諸侯たちまでも、同じくらいに信用できるとは限らなかった。
なぜなら、今、エリックたち反乱軍に加わった諸侯の中には、純粋(じゅんすい)に聖母を倒すべきだという考えからではなく、この機会に自己の利益を図ろうと考えている者たちも混ざっているのだ。
聖母を倒すという行為は、人類社会を根本から破壊する行為に他ならない。
これまで絶対の存在として人類を支配して来た聖母が失われるという、それほどに大きな出来事が起これば、人類社会は一時的に混乱し、秩序を失う可能性があった。
いわゆる、乱世、というものが到来するのだ。
そしてその無秩序な時代をいいことに、領地の拡大を図り、あるいは自身の地位の向上を図りたいという者が、少なからず反乱軍に参加してきていた。
そういった野心や目論見を持った者たちは、たくみにそれを隠してはいたが、どこか引っかかるものがあり、エリックはその魂胆に気がついていた。
かつて聖母に騙されたエリックは、ずいぶん、用心深くなっている。
そんな、内心に一物を抱えている者が多い反乱軍に、さらに、強制によって戦う者まで加えてしまっては、組織が脆弱(ぜいじゃく)なものとなってしまう。
エリックは、量よりも質を重視することに決めていた。
そうして、自ら参加を申し出る者たちだけを加えながら進軍を続けた反乱軍は、やがて、運河へとたどり着いていた。
そこには、反乱軍を攻撃するために差し向けられた10万の人類軍の補給拠点があり、そこを数万の人類軍が守備していた。
かつてエリックが解放した捕虜たちが、聖母の命令によって生き埋めにされ、虐殺された場所だった。
まだ地面の一画に、広々と土が掘られ、埋め戻された形跡が残っており、エリックたちは虐殺が実際に起こったことなのだと実感して、戦慄(せんりつ)するほかはなかった。
聖都を攻撃するために前進するためには、この運河を手に入れる必要があった。
運河を使えばより多くの兵力を簡単に運ぶことができるし、その大勢の兵士たちを支えるための補給も行いやすくなる。
聖母との戦いは長期戦になる可能性もあったから、エリックたち反乱軍はどうにか、運河をおさえておきたかった。
補給拠点に立て籠もっている人類軍は、数万の規模があった。
そのほとんどは反乱軍を攻撃した人類軍の兵士たちの生き残りで、一度武器を捨てて逃げ散ったものの、今は再武装して守備についている。
戦えば大きな犠牲が出る。
しかし、運河は聖母と戦うために絶対に必要なもので、エリックたち反乱軍は、なんとか人類軍の補給基地を奪取して運河を確保するための作戦を立てようと話し合った。
しかし、結局は戦いになることはなかった。
エリックたちが作戦を話し合っているうちに、早々に補給基地の人類軍の間で反乱がおこり、聖母から派遣され人類軍の兵士たちを監視していた教会騎士たちが殺され、補給基地を守っていた兵士たちのほぼ全員が、反乱軍に降伏して来たからだった。
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