・第272話:「糸口」

 クラリッサが、城塞に「いるかもしれない」と言った知り合い。

 それは、クラリッサと同郷の出身で、クラリッサとは幼馴染のような関係にあるのだという。


 そしてそのクラリッサの幼馴染は、竜騎士だった。


 竜騎士とは、聖母の支配下で聖母の力となるように[改良]された竜たちに搭乗し、竜をあやつって戦う者たちのことで、普通、竜騎士になることは簡単なことではなく、竜騎士として選ばれることは名誉なこととされている。

 竜は調教され人間に従うようにされてはいるが、その力は人間など簡単に引き裂くことができるほどで、少し機嫌を損ねさせれば簡単に大けがをし、命を失うこともあるような、竜騎士は竜に乗るという華々しさと共にそういう危険もあわせもった役職であるためだ。


 そしてその竜騎士たちは、[戦隊]と呼ばれる単位でまとめられている。

 これは、1つの戦隊が50騎ほどの竜騎士によって編成される単位で、教会騎士団と並んで、聖母の武力の面での大きな戦力として、サエウム・テラの各地に配置され、魔王軍との戦いでは各地から結集した竜騎士たちが戦った。


 クラリッサの幼馴染だという竜騎士は、その戦隊の内で、[飛竜第64戦隊]に所属しているのだという。

 そしてその飛竜第64戦隊こそが、エリックたちが包囲している城塞に立て籠もっている部隊だった。


 飛竜第64戦隊は、竜騎士によって作られた戦隊の中でも、精鋭として知られている。

 魔王城での戦いでも、それまでの数多くの戦いでも、この戦隊は多くの戦果をあげており、竜騎士たちがどの部隊の所属なのかを明確に示すためと外見の見栄えが良くなるように竜に着せる竜衣(りゅうい)に描かれた飛竜第64戦隊の紋章は、多くの人々に知れ渡っていた。


「いやぁ、竜騎士になったって知らせが来た時はもう、村中総出で祝ったもんさ。

 あの時はまだ見習いだったけど、魔王城での戦いが終わってから正式な竜騎士に昇格して、飛竜第64戦隊に配属されたって知らせが来たんだよね。


 その知らせが来てからまだ、そんなに経ってないんだよねぇ……」


 自身の幼馴染の出世ぶりを、クラリッサは心の底から誇らしげに、そして、懐かしがっているような様子で説明した。


「それで、クラリッサ殿。

 その、竜騎士の幼馴染殿というのは、どの程度の身分にある方なのだ?


 部隊長、あるいは、副隊長ほどの役職にあるのならば、確かに、説得できれば簡単にあの城塞を落とすこともできようが」


 しかしクラリッサは、そう問いかけてきたケヴィンに、首を左右に振って見せた。


「いんや、下っ端だよ。

 だってあいつ、エリックよりも少し年が小さいもの」


 それがなにか問題でも?

 とでも言うような態度だったが、そのクラリッサの様子に、アヌルスが呆れたような顔をする。


「あなたね……。

 いくら竜騎士とはいっても、ただの一騎士では、寝返らせてもどうにもならないんじゃないの? 」

「確かに身分は低いけど、そこはホラ、竜騎士だから」


 しかし、クラリッサは「当然でしょ」と言いたそうな顔で、そう答えるだけだった。


 それじゃ、答えになっていない。

 ケヴィンやラガルト、アヌルスにセリス、元魔王軍の面々が不審そうな顔をしていると、その時、ガルヴィンが「オホン! 」と咳払いをしてから、説明してくれる。


「竜騎士というのは、部隊内での結束が強いことで、有名なのです。


 確かに、指揮する側、される側といった違いはありますが、竜騎士たちは基本的にみな平等、兄弟同然とされて、食事をとる時も上座や下座といったものは設けず、円卓に座って食べ、なにかを話し合う時も同じように身分による区別はつけず、誰もが自由に意見を言うことができるのです。


 ですから、たとえ1人の竜騎士に過ぎないのだとしても、説得できれば、部隊全体に影響を及ぼすこともできるはずですぞ」


 そのガルヴィンの説明に、元魔王軍の面々はなるほど、とうなずいていた。

 人間社会で生きてきたエリックやクラリッサたちにとっては常識であるそのことを、魔王軍に属していた人々は知らなかった様子だった。


「竜騎士の事情は分かったけれど、クラリッサ。

 本当に、説得できるの? 」

「絶対とは言わないけれど、十中八九は、成功すると思う」


 あらためて確認してくるアヌルスに、クラリッサは自信ありげに請け負った。

 彼女には幼馴染を説得できるという、根拠があるらしい。


「オレは、試してみてもらっても、いいと思う」


 黙って話を聞いていたエリックだったが、クラリッサの様子を見て、そう言っていた。


「犠牲を出さずに城塞を手に入れられるのなら、それに越したことはないはずだ。


 それに、聖母と戦う時にこそ、できるだけたくさんの戦力が欲しい」


 そのエリックの言葉に、リディアは無言でうなずいていた。

 彼女もやはり、犠牲はできるだけ小さい方がいいと思っているのだろう。


「私も、総攻撃する前に、やってみてもいいと思うわ」


 続いて、城塞への総攻撃を主張していたアヌルスも、クラリッサの考えに賛同した。


「聖母の息のかかった指揮官が堅固に守っている城塞が、内部からの離反で陥落したとなれば、それはそれで、政治的な効果は大きいもの。


 まして、その、飛竜第64戦隊というのは、人間たちの間では有名なのでしょう?

 それが裏切るとなれば、なおさら、大きな効果が見込めるじゃない? 」

「まさしく、効果は絶大なものになると思います」


 そのアヌルスの言葉に、魔法学院の学長、レナータもうなずいてみせる。


それから、作戦会議のために集まっていた反乱軍の視線は、ラガルトへと集中した。

 この中で総攻撃を明確に主張しているのは、もう、ラガルトだけだったからだ。


「アー、ウム、ワシモ、ハンタイハセンヨ」


 注目を集めて少し気恥ずかしそうに鼻の頭をかきながら、ラガルトもクラリッサに賛成した。


「タタカウノハ、イツデモ、デキルコト。


 ソレニ、リュウガ、ミカタニナルノナラ、タノモシイ」


 そのラガルトの言葉に、ケヴィンもうなずいていた。


 どうやらこれで、反乱軍の幹部の全員が、クラリッサの提案に賛成したようだった。


「決まり、だな。


 クラリッサ、頼めるか? 」

「もちろん、任せておいてよ! 」


 作戦が決まって、エリックがそうたずねると、クラリッサはぽふん、と自身の胸を叩いてみせた。

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