・第266話:「事件:2」

 捕虜を生き埋めにしてしまえ。

 それは、反乱軍でもごく少数意見として存在したものだった。


 アイツらは、敵なのだ。

 自分たちを殺すために、破壊の限りをつくすために差し向けられてきた、脅威だ。


 そして実際に、多くの仲間の命を奪い、家々を焼き払い、多くの犠牲をもたらした。


 そんな奴らを、生かしておくことなどできない。

 敵として戦った反乱軍の中に、捕虜たちを憎む気持ちがあるのは、ある意味では当然のことだった。


 しかし、この事件は、それとは話が違う。


 エリックたち反乱軍が解放した捕虜たちを虐殺したのは、他ならぬ、聖母なのだ。

 聖母によって、聖母のために戦った兵士たちが、生き埋めにされたのだ。


 なぜ、という疑問が浮かぶ。


 エリックたちは自分たちの都合や目論見もあって捕虜たちを解放したのだが、その際に起こり得ることとして危惧していたのは、解放された捕虜たちがまた聖母の手先とされて攻めよせてくることだった。

 彼らは戦意を喪失して逃げ出し、逃げることもできないと悟って降伏して来た者たちだったが、ひとたび武装して戦う意志さえ取り戻せば、十分に戦うことのできる兵士たちだったからだ。


 そして、聖母にとっても戦力であるはずだった。

 聖母が未だに支配している人類社会では、さらに数十万の軍隊を容易に編成することができるとはいえ、2万を超す兵士の集団は決して少なくはない数であり、エリックたち反乱軍の戦いで教会騎士団の大半を失った聖母にとっては、小さくない戦力のはずだ。


 それを、聖母が虐殺した。


 どしてそんなことをする必要があったのか、エリックたちには理解できなかった。


 そして、続報によって、解放された捕虜たちが虐殺された様子が伝わってくると、エリックたちはその凄惨さに息をのんだ。


 生き埋め、とは聞いていたが、そのやり方は、残酷なものだった。


 解放されて帰還した捕虜たちの存在を知った聖母は、即日、その処分を決定していた。

 そして、捕虜たち自身に、なんの道具も与えずに素手で穴を掘らせ、そして、自らその穴の中に入ることを命じた。


 捕虜たちの多くは、まさか、自分たちが生き埋めにされる穴を掘らされているとは思っていなかったのだろう。

 素手で穴を掘らされる作業そのものも過酷なモノであったが、無様に敗北し、しかも敵である反乱軍に降伏して情けを受けたことに対する聖母からの罰と考えて、その処分を受け入れ、粛々(しゅくしゅく)と穴を掘っていたらしい。


 しかし、その穴の中に入れと、作業の監督をしていた教会騎士たちから言われた段階で、多くの捕虜たちはその状況の異常さに気がついた。


 捕虜たちの多くは、ウワサではあったが、聖母の残虐さについて聞いていた。

 聖母に支配されている人類社会を切り崩すために、エリックたち反乱軍が、魔法学院で起こったことや、反乱軍が決起した理由について、人類社会にウワサとして広めていたからだ。


 それが、真実であるかもしれない。

 新魔王・エリックに、新勇者・バーナードが敗北し、討ち取られたことで、そのウワサを真実だと思い始めていた捕虜たちは、穴に入れという命令によって、聖母がなにをしようとしているのかを悟っていた。


 当然、捕虜たちはその命令を拒否した。

 穴に入れと命じる教会騎士たちに反抗しようとし、反乱のような状態となった。


 教会騎士たちは、その数を大きく減らしている。

 だから、たとえ素手であろうとも、万を超える捕虜たちを鎮圧することは不可能であるはずだった。


 だから教会騎士たちは、先に戦場から悲惨な姿で帰還を果たしていた兵士たちに命じて、捕虜たちの反乱を鎮圧させた。


 捕虜の鎮圧にあたらされた兵士たちは、元々は、捕虜たちと共に戦った者たちだった。

 しかし、凄惨な撤退を経験しようとも、それでも聖母のことを見限ることができなかった者たちだった。


 兵士たちは、嫌々ながらも、反乱を鎮圧した。

 捕虜たちも武器を手にした大勢を相手に反抗を続けることもできず、反乱は終結することになった。


 そして、反乱で生き残った捕虜たちは、反乱を鎮圧した兵士たちの手によって生き埋めにされたのだ。


 聖母の命令は、絶対のものとして人類社会では教えられている。

 ましてや、新勇者の敗北を目の当たりにしても、まだ、聖母を離反するという決心がつかなかった兵士たちだ。


 生き埋めにされる捕虜たちは口々に助けを求めて叫んだが、兵士たちは結局、聖母の命令には逆らうことができず、捕虜たちは生き埋めにされてしまい、その声は冷たい土の下に消え去った。


 聞くだけでも吐き気がすることだったが、しかし、エリックたちはこの事件に向き合わなければならなかった。


 聖母は、ただの腹いせでこんなことはしない。

 その性格は悪辣(あくらつ)なものではあったが、その行動の裏には必ず、聖母の意図や狙いが隠されている。


 そうであるのなら、この凄惨で胸糞悪い虐殺事件にも、聖母の狙いがあるはずだった。


 それを理解して、対策を練り、そして、聖母の意図をくじかなければならない。

 エリックたちは全力で情報を収集し、なぜこのような事件が起こったのかを探った。


 結果、聖母は、敗北によって動揺する人心を引きしめるために、捕虜たちを虐殺したのだということが判明した。


 いくら新勇者が失われたとはいえ、聖母の意志に反し、戦線を離脱しただけではなく、反乱軍に降伏してその情けを受けた捕虜たちは、聖母からすれば反逆者たちだった。

 そして、新勇者の死と、反乱軍に対して人類軍が敗北したことで動揺が広まっていた人々に、「自分の意向に逆らった者は、こうなるのだ」という冷酷な意思を聖母は示したのだ。


 人間は、聖母に従わなければならない。

 聖母は捕虜たちを虐殺することでそのことを思い起こさせようとしたのだが、その出来事は、聖母の思ったような方向には作用しなかった。


 聖母は、致命的なミスを犯したのだ。

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