・第265話:「事件:1」

 聖母を、必ず倒して見せる。

 この世界に生きるみんなのために、セリスのために、そして、バーナードのために。


 そうエリックが約束して見せると、セリスは、なんだか安心したような、少し残念がっているようなため息をついていた。


 そのセリスの反応に、エリックは(あれ? )と違和感を覚える。

 自分の予想とは違う反応を見せるセリスに、なにか変なことを言ってしまったのではないかと、そう不安に思えてしまったからだ。


 しかしセリスは、すぐに顔をエリックの方へと向けなおし、微笑みながらうなずいてみせてくれた。


「わかった。

 あなたの戦い、この私が、最後まで見ていてあげる。


 そして、ずっとずっと、あなたがどんな気持ちで、どれほど勇敢に戦ったのか、語り継いであげるわ。


 だって、私はエルフだもの。

 あなたたち人間のずっと先の世代まで、これから私の目で見ることを、必ず、伝えてあげるわ」


 エリックの戦いのことを、ずっと先の世界にまで語り継ぐ。

 そこまでのことを望んでいたわけではなかったエリックは、自分のことが、自分の死んだ後も語り継がれるということに少し気恥ずかしさも感じながら、それでも、セリスに向かって「ありがとう」と礼を言っていた。


 それから2人は、なにも言わずに、黙って見つめ合う。

 ただ視線をかわしているだけだったが、なんだか互いの心がつながり合っているような気がして、暖かな気持ちになるのだ。


「大変ですぞ、若様! 」


 血相を変えたガルヴィンがそう叫びながら部屋に押し入ってきたのは、エリックとセリスがただ見つめ合っていたその時だった。


 そのガルヴィンの突然の登場に、エリックもセリスも飛び上がるほど驚かされてしまう。

 切羽詰まっている様子のエリックを気づかってか、今までずっと誰もたずねてこなかったから、今さら急にガルヴィンが押し入って来るとは思っていなかったのだ。


 そして驚いていたのは、ガルヴィンも同じであるようだった。

 その部屋にはエリックしかいないと思っていたのに、そこにはセリスがいただけではなく、2人はじっと互いを見つめ合っていたのだ。


「お……、オホン。


 いや、その、お邪魔でしたかな? 」


あたふたとした後、急いで姿勢を正したエリックとセリスの少し恥ずかしがっているような表情を見て誤解を深めたガルヴィンは、年甲斐もなく気恥ずかしそうに頬を染めながら、咳払いをしてそんなことをたずねて来る。


「いや、ガルヴィン、気にしないでくれ。


 それより、大変なこと、というのは? 」


 エリックはガルヴィンが大きな勘違いをしていることに気がついていたが、しかし、そのことを指摘するよりも先に、ガルヴィンがこの場に乱入して来た理由をたずねていた。

 部屋に押し入ってきたガルヴィンの様子から、それが緊急事態であることは明らかだったからだ。


「お、おっと、そうでした!


 若様、大変なことが起こったと、知らせが入っております! 」


 そのエリックの問いかけで、今がのんびりしていられる状況ではないことを思い出したガルヴィンは、表情を険しくしながらなにが起こったのかを告げた。


「先日、我が方が解放いたしました、人類軍の捕虜たち。


 それが、どうやら、聖母によって処刑されたようなのです! 」


────────────────────────────────────────


 新勇者・バーナードの死によって壊乱し、我先にと逃げ出していった人類軍。

 その中から、聖母の正当性について疑念を抱き、また、過酷なものとなった撤退を生き延びるために反乱軍へと降伏して来た人類軍の数は、30000名にもなった。


 その内の3000名程度は、エリックの呼びかけに応じて、今では反乱軍の一員となっている。

 しかし、その他の人類軍は、エリックの判断によって解放され、人類社会へと無事に帰還を果たしたはずだった。


 捕虜を解放するなんて、生ぬるい。

 そういう意見もあったが、そうせざるを得ない状況もあった。


 第一に、反乱軍の総数の何倍にもなる数の捕虜たちを、管理し続けることは不可能であったということ。

 第二に、敗走していった人類軍が残していった大量の物資が反乱軍の手元にあったが、反乱軍が掌握している解放区の生産力では、何万もの捕虜を安定して食べさせていくことは不可能であったということ。


 捕虜たちを、そのままにしておくことはできない。

 悩んだ末、エリックは自ら望んで残る者を除いて、捕虜たちに人類の勢力圏にたどり着くまでに必要な物資を持たせて、解放することとしたのだ。


 もちろん、これには反乱軍の生産力の事情や、人道的な配慮だけではなく、聖母の支配にさらなるダメージを与えるという目的もあった。

 大量の捕虜たちを無事に帰還させることにより、エリックたち反乱軍の寛大さを人々に思い知らせることができるはずで、それは聖母勢力を切り崩す役になるはずだったし、今回の人類軍の敗北を、帰還した捕虜たちの口からさらに人類社会に広めることもできるからだった。


 ガルヴィンの知らせは、衝撃的なものだった。


 その、エリックが解放した人類軍の捕虜たち。

 彼らはエリックが意図したとおり、無事に人類の勢力圏へとたどり着いた。


 しかし、それを、数万もの人々を、聖母が生き埋めにし、処刑してしまったのだというのだ。

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