・第264話:「約束:1」
親友であったバーナードが、エリックを裏切り、新勇者となって戦いを挑んできた理由。
その理由を、エリックはバーナードの死後、彼の血から記憶を読み取ることによって、知った。
バーナードは、家族を、故郷を、聖母に人質に取られていたのだ。
もちろん、聖母は狡猾だったから、直接、どんなことをするのかは、バーナードには言わなかった。
しかし、自分に逆らえばどんな手段でもとれるのだぞと、聖母は暗にほのめかし、バーナードを意のままにあやつった。
聖母の悪辣(あくらつ)なところは、エリックを倒すための新勇者を選ぶには、決して、バーナードでなければならない、というわけではなかったからだ。
バーナードは元々、エリックが勇者として選ばれなかったら、彼が勇者として選ばれていたかもしれないというほど、優れた素質を持った騎士だった。
しかし、勇者としての適正を持った存在は、決してこの世界にエリックとバーナードの2人だけであったわけではなく、聖母はその都合によって、誰を選んでも良かったのだ。
だが、聖母はバーナードを選んだ。
それはすべて、エリックに苦痛を与えるためだ。
もしエリックが、親友であったバーナードと戦うことを躊躇(ためら)えば、それだけ新勇者の勝率があがる。
バーナードが負けたとしても、聖母はエリックに[親友を自らの手にかけた]という、これ以上ないほどの苦痛を与えることができ、エリックの心に修復不能な傷を負わせることができる。
バーナードが、エリックの親友だったから。
だから聖母はバーナードを新勇者として選び、バーナードの家族と故郷は人質とされ、そして、バーナードはエリックに殺されることとなった。
バーナードなら、翻意してくれるかもしれない。
そんな甘い期待を抱いてエリックがバーナードのところを訪れた時、バーナードが明確な態度でエリックを拒否したのは、2つの理由があることだった。
1つは、エリックの甘さを鋭く指摘し、それを捨てさせること。
そしてもう1つは、エリックに、バーナードを殺すことを躊躇(ためら)わせないことだった。
聖母に家族や故郷を人質とされ、新勇者となることを強いられた。
そんなバーナードにとって、過程はどうあれ、結末はもはや2つに1つだけだった。
エリックを倒し、新勇者としての使命を果たすか。
それとも、エリックに殺されるか。
聖母によって人質に取られた家族や故郷を守るためには、バーナードにはそのどちらかしか残されてはいなかった。
もし、バーナード自身の願いに従って、聖母を裏切り、エリックに味方したとしたら。
その時点で聖母は見せしめとしてバーナードの家族や故郷を、考えられる中でもっとも残忍な手段によって奪い取っただろう。
エリックの父親であるデューク伯爵も、そうだった。
デューク伯爵はエリックを罠にはめるために聖母たちによって利用され、そして、死んだのだ。
家族を、故郷を守る。
そのためにバーナードは、エリックと戦わざるを得なかった。
だが、バーナードは、エリックがかつての甘さを捨て去り、そして、聖母にも届くかもしれないということを知った。
だから最後は、バーナードはすべてをエリックにたくして、死を受け入れたのだ。
言葉で具体的になにかを言われたわけではない。
だが、言われなくても、エリックにはバーナードが最後、なにをエリックに願っていたのかはわかっている。
血の記憶によって、それを読み取ったというのもある。
しかし、その力がなくとも、エリックにはバーナードの最後の願いがわかっていただろう。
聖母を、倒せ。
そして、この世界を救え。
それが、バーナードがエリックにたくした願いだった。
バーナードを、親友を、自身の手にかけた。
そのことに対して、エリックは今でも激しい心の痛みを覚えている。
今までは、その痛みと喪失感でエリックは、バーナードのために自分がなにをするべきかがわからなかった。
だが、セリスによりそわれながら泣いたことで、自分にはまだ本心から心配してくれるかけがえのない仲間がいるということを思い出すことができたエリックには、そのことがはっきりとわかるようになっていた。
「セリス、その……、聞いて欲しいことがあるんだ」
だからエリックは、そのことを、セリスに向かって明かそうと思った。
エリックのことを心から思いやり、心配してくれる人。
その人に、自分の覚悟や決意を知ってもらいたかったし、そうして言葉にすることで、エリックはもう、心の痛みに耐えかねるようなことはなくなり、聖母を倒すその瞬間まで、立ち止まることなく進み続けることができるだろうと、そう思ったからだ。
「な、なによ、エリック? 」
急に真剣な様子であらたまってそう言って来たエリックに、セリスは驚いたような顔をし、それから、少し上ずった声でそう聞き返してくる。
そのわずかな一瞬に、セリスの頬にはわずかな赤みがさしていたが、部屋の中が明るくなかったせいもあって、エリックはそのわずかな、セリスが隠しきれなかった変化には気がつかなかった。
「オレ、バーナードに……、みんなに。
そして、セリスに、約束したいんだ」
「え、えっと……、約束? 」
「そう」
エリックはなんだか戸惑っている様子のセリスにうなずいてみせると、トン、と右手の握り拳を自身の胸の心臓のある辺りにあてると、声に出して誓った。
「オレは、必ず、聖母を倒す。
もちろん、今までもそのつもりで戦って来たけど、あらためて、そう誓う。
それが、オレのやるべきことなんだ。
そうして聖母を倒し、この世界を聖母の支配から解放することが、みんなの……、そして、バーナードの望みでもあったんだ。
だからオレは、もう、立ち止まらない。
聖母を倒すその瞬間まで、戦い続ける。
だからセリスは、オレの戦いを、見ていて欲しいんだ。
今日、弱さを見せてもいいんだって、セリスはオレに、そう言ってくれったから。
そう言ってくれたセリスに見ていてもらえるだけで、オレはきっと、戦えるから。
オレは、セリスに、みんなに、そして、バーナードに。
聖母を倒すと、約束する」
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