・第262話:「気持ち:1」

 エリックの戦いは、孤独なものだった。


 今の彼には、多くの仲間たちがいる。

 昔からの仲間であるクラリッサや、剣の師匠でもあった騎士・ガルヴィン。

 魔法学院の学長・レナータ。

 そして、元魔王軍の、ケヴィンに、ラガルトに、アヌルスに、セリス。

 5000名近くにまで拡大した反乱軍の兵士たちや、エリックが反乱軍と共に解放した解放区の、数万の人々だっている。


 しかし、その誰も、本質的にはエリックの支えにはなれなかった。


 勇者と、魔王。

 その2つの、相反するはずの力を望まずに有することとなってしまった、エリック。


 そのエリックにしか、聖母を倒せる可能性はないからだ。


 あまりにも重すぎる使命。

 その使命を背負っていくことに、エリックは弱音を言わなかった。

 彼はその使命を背負うという覚悟を決め、そしてその使命を果たすために、常識の範囲を超えた覚悟を固めたからだ。


 その覚悟は、敬意に値するものだ。

 その覚悟があるからこそ、人々はエリックについていくのであり、エリックと共に最後まで聖母と戦おうと決意している。


 だが、セリスは、見ていられなかった。

 なぜなら、エリックは自分が背負った使命に、押しつぶされかかっているからだ。


「エリック。

 あなたが、自分で、覚悟を決めたんだって、私は知っている。


 復讐(ふくしゅう)という目的も今でもあるけれど、聖母を倒すのは、聖母の支配を終わらせて、この世界を、みんなを。

 人間も魔物も、私たちエルフも関係なく、救うためなんだって、知っている。


 そして、それができるのも、あなたしかいないんだって、わかってる!


 だけど、だけどね、エリック!

 あなたは、今にも壊れてしまいそうな顔をしている!

 いえ!

 もう、半分以上、壊れてしまっている!


 それでもあなたは最後まで走りきるつもりなんだっていうことも、私は知ってる。

 あなたの背負った使命を、私が少しも肩代わりしてあげれられないんだってことも、知ってる!


 けれど、せめて、忘れないで欲しいの。


 私も、兄さんも、ラガルトも、アヌルスも!

 みんな、あなたのことを、少しでも支えてあげたいって、そう思ってるの!

 昔は敵同士だったからとか、今はもう、関係なくなっているの!


 だから、エリック。

 せめて、私たちの……、私の、前では!

 もっと、弱いと所を見せても、つらいんだっていうのを見せてくれても、いいの! 」


 自分でも、こんな言葉を口にするなんて。

 セリスは驚くような気持になりながらも、言葉を止めなかった。


 なぜならこれは、すべて、セリスの本心だからだ。


 エリックは、元勇者で。

 セリスにとっては、たくさんの同胞たちの、仇(かたき)で、その恨みは、今でも残っている。


 しかし、それはすべて、聖母が仕組んでいたことに過ぎなかった。

 エリック自身も、人類そのものが、聖母に騙され、魔物や亜人種を攻撃するように仕組まれていた。

 そして、その逆も、聖母がそうなるように仕向けていたことだった。


 セリスはずっと、人間のことを憎んで生きてきた。

 ましてや、聖母の加護の象徴であり、セリスたち攻撃される側から見れば、弾圧の象徴でもある勇者への憎しみを、忘れることなどできない。


 だが、すべては、その根本を正せば聖母へと行き着くのだ。


 今、エリックはその聖母を倒すために戦っている。

 他の誰にも肩代わりすることのできない使命を背負って、自分以外にはできない戦いを、孤独に戦っている。


 なにかのために、懸命に戦っている者の横顔。

 その姿を間近に見ているうちに、セリスは、その懸命に戦っているエリックのために、自分にもなにかできたらいいと思うようになっていた。


 しかし、セリスがエリックの使命を共に背負えるわけでもない。

 いかに優秀な偵察兵(スカウト)といえども、聖母を倒せる力を持つのはエリックだけだという事実は変えられない。


 ならば、せめて。

 エリックが無理をしなくてもいいような場所を、つらいことをつらいと言えるような場所を、セリスは用意したかった。


 セリスの言葉を、エリックは驚いたような顔で聞いていた。


 今ではすっかり仲間になっているとはいえ、エリックはセリスと最初に出会ったころの、彼女の、勇者に対する強い憎しみの感情を忘れてはいない。

 なんだかんだ共に行動する機会は多かったが、それだって、セリスは嫌々つき合わされているのだという態度を見せていた。


 だが、エリックの目の前で、悲しそうにエリックのことを見つめているセリスは、現実にそこにいる存在だった。


(エリックよ。

 ここまで、言ってくれているのだ。


 いかに、汝の果たすべき使命が困難で、そのためにあらゆることを、友を手にかけることさえいとわぬという覚悟をしているのだとしても。


 あの者の言うとおり、他に誰もいないところでは、弱音を吐いてみてもよかろう)


 エリックが驚きのあまり呆然としていると、突然、内側から魔王・サウラのそんな声が聞こえてくる。


(おっと、そうであった。

 我はしばらく、汝の奥底で瞑想(めいそう)でもしておこう。


 安心せよ、エリックよ。

 汝がどんな泣き言を言おうと、セリスの他には、聞く者は他におらぬ)


 そしてサウラは、そんな気づかいをして見せると、宣言したとおりすべての感覚を閉ざし、瞑想(めいそう)に入ったようだった。


 余計な気づかいだと、エリックは怒るようなつもりにはなれなかった。

 自分を受け入れてくれる人々がいると知ることができたエリックはもう、これまで抱え込んできた感情に耐え切れそうになかったからだ。

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