・第261話:「傷だらけの新魔王:4」
クラリッサから、疲労の軽減に効くという丸薬を受け取ったセリスは、言われた通りにぬるま湯を用意し、エリックのところへと向かった。
エリックは、セリスがその様子を観察していた時とまったく変わらない場所、同じ姿勢で、ずっとイスに腰かけ続けていた。
その、感情を失ってしまったかのような無表情を見ていると、セリスの心はやはり、チクチクとした痛みを覚える。
エリックが、こんな顔をしなければならないほどの重い使命を背負わされていることを考えると、いたたまれないような気持になるのだ。
エリックは、元・勇者で、その内側には魔王・サウラの魂を宿し、今は勇者と魔王の力を合わせ持った唯一の存在、新魔王として、戦っている。
それは、この世界に2つとない、特別な力だ。
だが、セリスに言わせれば、エリックは他の人間と変わらない。
せいぜい、10数年程度しか生きていない、[子供]のような存在に過ぎなかった。
エリックの年齢は、人間で言えばもう、子供とは呼べないものなのかもしれない。
しかし、セリスたちエルフ族の基準で言えば、あまりにも幼いと言うしかない。
80年以上も生きているセリスでさえ、エルフの基準で言えばようやく、成人だと言えるようになったくらいなのだ。
エリックのようなまだ20年も生きていない若者など、幼子と変わらなかった。
だが、そんな幼子同然のエリックは、他の誰にも背負えないような使命を背負っている。
この世界で唯一、聖母を倒し、その支配を終わらせることができるかもしれないという可能性をその身に宿し、人々の期待を一身に背負い、希望となっている。
その、エリックが背負っている使命は、他の誰にも肩代わりすることのできないものだ。
そして、その重さに、エリック自身でさえ、耐えかねている。
聖母を倒し、自分自身の復讐(ふくしゅう)を果たし、そして、世界を救う。
その使命のために、エリックは自分自身の感情を押し殺し、あらゆる手段をとるのだと覚悟して、親友を殺した。
それはやらなければならないことには違いなく、エリックはそのことを理解していたからこそ、迷いながらもバーナードに聖剣を突き刺した。
しかし、それがつらくないはずがなかった。
「エリック。
クラリッサさんが、あなたにお薬を作って、もってきてくれたの。
疲れが軽くなるそうよ」
自身の心の内にある痛みに必死に耐えながら、しかし、周囲につらいとか、苦しいとか、弱音を少しも吐かないエリック。
そんな彼に少しでも力を与えられればと、セリスはできるだけ明るい声でそう言っていた。
そこで初めて、エリックは顔をセリスの方へと向けた。
どうやら、セリスはもう目の前にいたのに、エリックは彼女がやってきたことに気がついていないらしかった。
「クラリッサが、オレに……? 」
「そう、丸薬。
2、3粒を、ぬるま湯で飲めばいいんだって。
準備して来たから、飲んでみて? 」
少し驚いているような様子のエリックに、セリスはそう言うと、丸薬の入っている小箱とぬるま湯の入ったコップを乗せたお盆を、エリックが手に取りやすい位置に差し出す。
するとエリックは、それ以上はなにも言わず、セリスが取り出しやすいようにあらかじめフタを開けておいた小箱から、2、3粒の丸薬を取り出して口に含むと、少しも丸薬を自分の舌の上に置いておきたくないとばかりに、コップのぬるま湯で一気に飲み干した。
「ずいぶん、急いで飲み込むのね? 」
「ああ、クラリッサの作る薬は、すごくマズいんだ。
効き目も、すごくあるんだけどね」
エリックの飲み干す勢いにセリスが呆れて見せると、エリックはそう言ってセリスに微笑んで見せた。
しかし、そのエリックの微笑みを見たセリスは、表情を曇らせる。
(無理、してる……)
セリスたちに心配をかけまいと、エリックが必死になっているのがセリスにはわかってしまうからだ。
「エリック。
あなたって、演技がヘタね」
そのエリックの強がりにまた胸の痛みを覚えていたセリスは、そう、わざと呆れたような声でそう言っていた。
「えっと……、オレは、演技なんて……」
「ウソばっかり!
あのね、私、これでも80年は生きているの。
エルフ族なんだから、見た目があなたと同じくらいの年だからって、当然でしょう?
だから、あなたが無理にそうやって強がっているのなんて、全部、お見通し! 」
だが、セリスの演技も、上手ではなかった。
彼女はなるべく明るい雰囲気で言おうとしていたのだが、すぐにその表情は曇り、その瞳は涙で潤んだようになる。
「だからね……。
あなたのこと、見て、いられないの」
そしてセリスは、言葉を震わせながら、エリックに言う。
エリックがいったいなんのために、これほどの無理をしているのか。
それは、絶対に聖母を倒し、復讐(ふくしゅう)を果たし、この世界を救うため。
人間も、魔物も、亜人種も関係ない。
聖母が作りあげた[仕組み]によって争って来たこの世界のすべての種族をその呪縛(じゅばく)から解き放ち、新しい世界を作り出すためだった。
そのために、エリックがどんな覚悟を固めたのか。
聞かなくても、セリスたち、エリックの身近にいる者たちはみな、そのことに気づいている。
だからセリスは、あえて、今までなにも言わなかった。
自分にはとても背負いきれないような重い使命を背負うと決めたエリックに、自分がなにかを言ってもなんの力にもなれないし、エリックの負担のほんの少しでも肩代わりすることはできないのだと、わかっていたからだ。
今だって、エリックに薬を飲ませたら、そのままこの場を立ち去るつもりだった。
だが、無理をしているエリックの顔を間近で見てしまうと、セリスはもう、彼になにかを言わずにはいられなかった。
自分が、なんの力にもなれないのだとしても。
エリックのことを支えたいと思っている自分が、仲間たちがいるのだということを、忘れないで欲しかった。
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