・第240話:「再会:3」
夜陰にまぎれて飛翔を続けたエリックの眼下に、やがて、10万を数える人類軍の野営が見えて来る。
壮観な眺めだった。
かつて魔王城を包囲攻撃した際に動員された軍勢よりは規模が小さかったものの、1つの都市がまるごと移動しているかのような人類軍の野営には無数のかがり火が炊かれ、まるで、地上に夜空の星々が輝いているかのような錯覚を覚えるほどだった。
だが、それは紛れもなく、エリックたち反乱軍にとっての敵だった。
味方であったときは、あれほど頼もしいと感じていた人類軍を相手に戦わなければならないという状況に、エリックは、うすら寒さを覚えていた。
これから起こる戦いは、人間同士の、同族同士での殺し合いになるのだ。
そしてその結果はおそらく、エリックたち反乱軍の敗北に終わるだろう。
聖母は、少しも手を抜くことなく、徹底的にエリックたち反乱軍を叩き潰すつもりであったようだった。
ヘルマンをけしかけるのと並行して、新勇者・バーナードと、人類軍による攻撃を計画していたことからもわかる通り、聖母はエリックたち反乱軍を自身への脅威と認め、それを完全に除去しようとしている。
その力の入れようは、人類軍の野営地の物々しさからもよくわかる。
飛行能力を獲得したエリックの襲撃を恐れてか、野営地の各所には、移動式の[竜殺し(ドラゴンキラー)]が配置され、夜間の今でも兵士たちが配置されて、油断なく空を見張っている。
それ以外にも、エリックたちが根拠地として利用しているデューク伯爵の城塞を攻撃するために、投石機などの攻城兵器が用意され、野営地の中央部分に何台も、すぐには数えきれないほどの数が並べられている。
そして、あちこちに見張りが立っている。
反乱軍が人類軍の出撃を妨害するためにくり返し破壊工作をしかけたからなのか、人類軍は警備を強化しているようだった。
人類軍には、エリックたち反乱軍が少数であり、自分たちが多数であるからといって、少しの驕(おご)りも油断も生じてはいないようだった。
その威容に気圧されたのと、10万もの人類軍の野営のどこにバーナードがいるのかがわからず、エリックは、少し離れた上空に留まった。
(エリック、引き返すのなら、今だ)
かつて頼りとしていた味方が敵となった姿に圧倒されて息を飲んでいるエリックに、サウラが、あらためて引き返すようにうながした。
(あれほどの人数の中から、新勇者を見つけ出すのは至難の技だ。
ましてや、厳重な警備をかいくぐって、密かに新勇者と話すことなど、不可能だろう)
「いや……、まだだ」
しかしエリックは、あきらめきることができずに、必死に、空から野営地を見渡し、バーナードの居る場所を探した。
これ以上近づくと、いくら夜陰にまぎれているとはいえ人類軍に発見される危険が大きいために、エリックは少し離れた位置に留まって必死に目を凝らした。
待ち受けている破滅から、人々を救いたい。
そして、信じた仲間と、親友と、戦いたくない。
エリックはその一心で、祈るような気持で、探し続ける。
ふと、特徴的な形のものが目に留まる。
それは、野営地から少し離れた場所にある、周囲から少しだけ盛り上がった、小高い丘だった。
暗闇の中に、野営地を背景に盛り上がっているその地形は、かがり火によってかすかに丘だとわかる。
それはただの自然の地形、ありふれたものに過ぎなかったが、エリックには、奇妙な予感が生じていた。
魔王城の戦いの時のことだ。
まだ勇者であったエリックは、バーナードと、言葉を交わしたことがある。
それは、あのかがり火によって夜の暗がりの中に浮かび上がっているように見えている丘のような場所だった。
「バーニー……」
エリックは、不思議なことに、そこにバーナードがいるということを、確信していた。
なぜなら、バーナードは、待っているからだ。
戦いの前に言葉を交わした、ただそれだけの、ほんのなにげない記憶の中にあるのと同じような丘の上で、エリックがやって来るのを、待っているのだ。
それは、エリックの願望から作り出された、思い込みなのかもしれなかった。
だがエリックは、吸い込まれるように、その丘へと向かっていた。
丘は、人類軍の野営地からはほどよく距離が離れていた。
低空に降りてから進入していけば、気づかれることなく、エリックはその丘までたどり着けるはずだった。
魔王・サウラは、もう、エリックになにも言わなかった。
ただ、それでエリックが満足し、納得できるのならば、と、翼をはためかせ、エリックをその丘へと運んでくれた。
そして、驚くべきことに、そこには本当に、バーナードの姿があった。
野営地のかがり火の光の届かない、わずかな月明かりによって照らされた、丘の上。
そこでバーナードは、まるで、エリックのことを待っていたように、立っていた。
「バーニー……」
丘の上に降り立ち、バーナードの前に立ったエリックは、未だにバーナードと再会できたことが信じられないという驚きと、バーナードが自分がやってくるのを待っていてくれたという喜びと、彼が生きていたことの嬉しさの入り混じった表情で、感極まったように声を震わせながら、その、親友の名を呼んだ。
すると、バーナードは、かすかに微笑んで見せる。
「ああ、エリック。
ずいぶん、久しぶりだな」
それは、エリックが知っている、[親友]としての笑顔だった。
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