・第239話:「再会:2」

 侵攻してくる人類軍に人々は恐れおののき、急いで魔法学院に避難しようとする人々と、できるだけ多くの防戦準備を整えようとしている兵士たちで、デューク伯爵の領地は騒然となっていた。

 そんな中を、エリックは突然、誰にも何も告げずに、たった1人だけで抜け出し、そして、人類軍へと向かっていた。


 それは、戦うためではない。

 バーナードを説得することを、エリックはどうしてもあきらめきれなかったからだった。

 そのためにエリックは、聖剣も、それ以外のどんな武器も、身につけてはいない。


 エリックがバーナードを説得できる見込みは、やはり、小さいと言わざるを得なかった。

 バーナードが聖母に洗脳されているのか、騙(だま)されているのかはわからなかったが、エリックが彼になにかを言おうとしても必ず、監視役としてついているはずの聖母の手先によって、妨害されることになるからだ。


 しかしエリックは、あきらめきれなかった。


 親友と戦いたくないという気持ちだけではない。

 今の状況下では、人々を守り、救うためには、この方法を成功させるしかないと、そう思っているからだった。


 反乱軍は、戦い抜くつもりでいる。

 それは、戦わざるを得ないからだ。


 エリックたち反乱軍は、聖母の正体を知ってしまった。

 その残忍な本性と、世界中の人々を騙(だま)し、自身の都合の良いように統治が進められるように、多くの犠牲を伴う[仕組み]を作り、維持してきたことを、知ってしまった。


 そんなエリックたちは、聖母にとっては、邪魔者でしかなかった。

 聖母が築き上げた世界の[仕組み]の存続を脅かす存在なのだ。


 慈悲を請(こ)うたところで、聖母は受け入れないだろう。

 その教えを受け入れ、聖母を信仰し続けることを誓ったとしても、聖母は真実を知ってしまった人々を、生かしてはおかないだろう。


 もしも慈悲を請(こ)われて許すような存在ならば、そもそも聖母は、自身による世界の支配を維持するために、人類と魔物と亜人種とを2つの陣営に分け、延々と争わせ、殺し合いをさせるような[仕組み]を作らなかっただろう。


 生き残るためには、戦って、わずかな勝利の可能性にすがるしかない。

 反乱軍は、そんな状況に追い詰められていた。


 だが、もしもエリックがバーナードを説得できれば、すべてが変わる。

 人類軍は新勇者の離反を知れば戦わないうちに瓦解するのに違いなかったし、そうなれば反乱軍は犠牲をまったく出さずに救われることになる。

 それどころか、人々は聖母の存在に疑念を持ち、エリックたちの言葉にも耳を貸してくれるようになるだろう。


(エリックよ。

 汝の考えは、わからないでもない。


 しかしそれは、実現することはないと、そのことも汝はわかっているはずだ)


 夜陰にまぎれ、バーナードが率いているはずの人類軍に向かって飛翔しているエリックに、サウラがそう言って翻意をうながした。


 こうしてサウラがエリックを止めようとするのは、もう、何度目かわからない。

 エリックの内側にあって、エリックの思考や感情を感じ取れるサウラは、エリックがなにをしようとしているのかを当然、すべて知っていて、そして、成算の薄いその賭けを、なんとか止めようとしていた。


「オレだって、わかっているつもりさ。


 だけど、もう、やるしかないんだ」


 エリックは飛翔し続けながら、サウラにそう言っていた。

 サウラが何度もエリックを止めようとするたびに、くり返して来た言葉だ。


 そう。

 これしか、ない。


 窮地(きゅうち)にある反乱軍を救い、エリックが守り、救うと誓った人々を生かし、そして、親友であるバーナードと戦わないためには、今、バーナードと会って話すしかないのだ。


 戦いが始まってしまえば、お互いにもう、話し合うどころではなくなってしまう。

 互いに刃を交え、そして、双方の陣営に死傷者が出てしまえば、なし崩し的に戦いは勝敗が決するまで続くことになるだろう。


 そうなる前に、バーナードと直接会って、説得する。

 そのチャンスは、お互いがまだ直接戦ってはいない、このタイミングしかなかった。


「それに、サウラ、お前は、そうやって反対する割に、オレをちゃんと、バーニーのところに向かって運んでくれているじゃないか。


 お前だって、みんなを守りたいって、そう願っているんだろう? 」

(……)


 そのエリックの言葉に、サウラは沈黙した。


 反乱軍の人々を、守りたい。

 その気持ちは、エリックもサウラも、共有している。


 サウラはかつて、全人類を滅ぼさんとする敵、人類の脅威とされていた。

 エリックはその聖母による宣伝を疑うこともなく信じ、そして、勇者として必死に戦った。


 だが、サウラの本当の姿は、人類を、この世界を滅ぼそうとする、絶対悪、脅威などではなかった。

 最初はそういう役割を果たすべく聖母によって作られた存在だったが、長い年月の間に自我を獲得したサウラは、聖母による歪んだ支配を終わらせるために立ち上がり、聖母によって弾圧されていた魔物や亜人種たちを救おうとした、革命家だった。


 サウラは、自身を[魔王]と呼んで、その本当の役割を知らないまま、自由を信じて死んでいく魔物や亜人種たちの姿を見て、目を覚ましたのだ。

 そして、聖母に与えられた役割から脱し、真の魔王として、反逆した。


 そのことを知った今となっては、サウラがどうして、エリックに反対しつつも、エリックをバーナードのところへと運んでいるのかは、簡単に理解できることだった。


 そしてなにより、サウラは、これがエリックにとっては絶対に必要な[儀式]なのだと、わかっているのだろう。


「それに……、もし、ダメだったら。

 オレもやっと、覚悟ができる。


 ……その、はずなんだ」


 親友に、刃を向ける。


 1度会ってバーナードの真意を確かめなければ、エリックにはとても、その覚悟はできそうになかったのだ。

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