・第238話:「再会:1」
バーナードを、説得したい。
それは、はっきりと言ってしまえば、エリックの我がままだった。
ただ、もし成功すれば、その効果は大きい。
バーナードを反乱軍の味方として加えることができるだけではなく、新勇者が離反したとなれば、聖母の威信は決定的に損なわれるからだ。
しかしそれは、絵に描いた餅に過ぎないことだ。
そしてそんなことのために、反乱軍にとって唯一の希望であるエリックを、危険にさらすことなど決して許されないことだった。
当然、会議の席では、誰1人としてエリックの意見に賛成しようとする者はあらわれなかった。
エリックを止めようとする者はいたが、エリックにバーナードの説得をやらせようと主張する者は、最後まであらわれなかったのだ。
(エリックよ。
軽挙は慎むべきだ)
そしてそれは、エリックの内側に存在し、誰よりも強く、直接的にエリックの願いを感じ取っているはずの、魔王・サウラも同様だった。
(新勇者が仮に、汝が考える通り、聖母たちによって洗脳されていたり、騙(だま)されていたりするのだとしても、だ。
おそらく、新勇者には、常に[監視役]がついておろう。
汝が我を滅ぼさんと旅をしていた時、常に、身近に、聖母の手の者がいたように。
たとえ、新勇者を説得して翻意(ほんい)させることが可能なのだとしても、きっと、聖母の手の者が、汝を阻むであろう)
サウラの、言うとおりだった。
エリックの思考はまだショックから立ち直れてはいなかったが、そう、認めざるを得なかった。
勇者として旅をしていた時のエリック。
思い返せば、そこには常に、ヘルマン、リディア、そして盗賊・リーチの姿があった。
その目的は、エリックがサウラを倒すまで、勇者という存在を守り続けること。
そして、エリックが、自分が利用されているだけなのだと気づき、旅を途中でやめるようなことがないようにするためだった。
そのことを思い返せば、バーナードにも、監視役として聖母の息のかかった者がついているのに違いなかった。
エリックがうまくバーナードと再会を果たすことができたとしても、必ず、聖母の手先が妨害してくるのだ。
(……わかった。
お前の、言うとおりだ)
あきらめきれない。
エリックはそう思いつつも、サウラの言葉に反論することはできず、引き下がるしかなかった。
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とにかく、時間を稼ぐ。
そのために反乱軍は、今動くことのできる者を総動員して、新勇者の名のもとに聖都に集結しようとする人類軍を妨害するための行動を開始した。
たとえば、人類軍の行軍経路を障害物などで塞ぎ、妨害したり、大軍の運用に必要な物資を運ぶ馬車を襲撃したり。
もちろん、聖母の勢力を切り崩すための工作も、成算の見込みは薄いと知りながらも、できるだけ行った。
だが、成果は、微々たるものだ。
反乱軍の勢力はあまりにも小さく、こういった工作活動に慣れた優秀な偵察兵(スカウト)を多く持っている魔王軍の残党軍はサエウム・テラでの土地勘に乏しく、思ったように活動することができなかった。
聖母の勢力を切り崩すための工作活動に至っては、まったく成果はあがらなかった。
やはり、全世界に向かって一斉に、派手に新勇者の存在を聖母が演出して見せたことで、人間たちは条件反射的に、聖母の正義を信じ込んでしまったようだった。
いくらエリックたちが、実際になにが起こったのか、聖母がいかに悪辣(あくらつ)に支配を行って来たのかをうったえかけても、人々は頭からそれをウソと決めつけ、取り合ってくれなかった。
そうして、聖母の演説から1週間もしないうちに、聖都の周辺には10万もの人類軍が集結を果たしていた。
反乱軍による必死の時間稼ぎによって、その数は多少、減少するか合流が遅延しているものの、それでも、反乱軍を叩き潰すのには十分すぎる大軍だった。
いよいよ、最後の戦いの時が来たのかもしれない。
10万を数える人類軍が、新勇者・バーナードに号令されて、聖都から出撃したという報告を受けた時、エリックたちは誰もが、そう覚悟するしかなかった。
バーナードに率いられた人類軍は、最短経路である峠道ではなく、少し遠回りでも、運河と、平野部を使って進んできていた。
これは、先に1万の教会騎士団がわずか1000名の反乱軍によってほぼ全滅させられたことを教訓としていることの他に、運河と、平野部に敷かれた広くよく整備された街道を使って、大軍に必要な膨大(ぼうだい)な補給を十分に確保するためなのだろう。
人類軍はその大軍を誇りながら、進軍してくる。
その進軍経路は、エリックたち反乱軍にとっては、最悪のものだった。
少数が多数に勝利するためには、奇襲などの奇策が必要だ。
しかし、バーナードに導かれて人類軍が進んで来る進軍経路上には、奇襲を実行するのに必要な、罠を張ったり、兵力を隠しておいたりできるような場所が、どこにもないのだ。
デューク伯爵の領地を守る責任者として長年勤めてきた騎士・ガルヴィンも、この経路を通って大軍が進撃してきた場合の有効な対応策を、もってはいなかった。
ガルヴィンやデューク伯爵が考えていた防衛作戦は、あるには、あるのだ。
だがそれは、他の人類軍との連携を前提としたものであって、今のように、敵の10分の1にも満たない戦力で、しかも孤立無援で対抗しなければならない状況では、適用することができないものだった。
こうなれば、できるだけ抵抗して、奇跡が起こるのに賭(か)けるしかない。
反乱軍は最後まで戦うことを選び、そして同時に、敗北に備えて、戦うことのできない人々を避難させることを開始した。
聖母の支配に抵抗する意志を持ち、戦う術を持っている人々は戦力として数え、すべて、デューク伯爵の城館に集結させる。
その一方で、戦う意思も力もない人々は、魔法学院へと避難させる。
もし、勇戦虚しく反乱軍が全滅となっても、魔法学院を守る強力な魔法のシールドが健在である限り、人々は生き続けることができるはずだからだ。
だが、それも結局は、延命できるだけだ。
魔法学院は広大な敷地を誇ってはいるが、反乱軍が作った解放区に所属し、聖母の蛮行を知ってしまったすべての人々を長期間生活させるには、広さも足りないし、それだけの人々を食べさせていくだけの食料も用意できない。
聖母が慈悲を与えなければ、結局は、人々はみな、やがて死に絶えることとなる。
それでも、わずかな望みにかけて人々を生かすために、エリックたちはできるだけのことをした。
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