・第237話:「未練」
とにかく、時間を稼がなければならない。
反乱軍の緊急の作戦会議は、その方向でまとまりつつあった。
そもそも、あまりにも戦力差があり過ぎるのだ。
今、まともに戦ってしまえば、反乱軍はあっという間に叩き潰されるだけだった。
たとえ、勇者と魔王の力を合わせ持ち、聖母から[新魔王]と名指しされたエリックがいようとも、結果はなにも変わらない。
おしよせる数十万の敵軍をエリックが1人だけですべて殲滅(せんめつ)できるほどの力を持っていたとしても、そうしている間に、反乱軍の方が先に全滅してしまうからだ。
だが、時間さえあれば。
反乱軍の工作が効果を発揮して、聖母の勢力を切り崩し、逆に、反乱軍が力をつけることができるかもしれなかった。
もっとも、この作戦も、今となっては成算の望みは薄かった。
聖母が自らその姿を空に投影し、この世界に暮らすすべての人々に向かって、エリックたち反乱軍を滅ぼすと宣言する前だったら、まだ望みはあった。
しかし、聖母がすべての人々の前で新勇者を選び、反乱軍を滅ぼすと宣言してしまったために、状況がまた一変してしまったのだ。
たとえエリックたち反乱軍が、常識では考えられないような勝利を得ているという事実があったとしても。
新勇者がいる限り、新勇者を倒さない限り、人々はその聖母がもたらした[加護]の存在を信じてしまうだろう。
教会騎士団や、竜が倒されたのだとしても。
さすがに、聖母によって選ばれ、力を与えられた[新勇者]には、勝てないだろう。
長い間、聖母によって選ばれた勇者が、魔王を倒して世界を救う、ということをくり返して来たこの世界に生きる人々は、それが勇者というだけで無条件に勝利を信じてしまうのだ。
それでも、今の反乱軍に、時間を稼ぎながら聖母の勢力の切り崩し工作を続けるということ以外に、取れる手段はなかった。
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重苦しい雰囲気で会議が進む間、ずっと、エリックは心ここにあらず、という状態だった。
信じられない。
いや、信じたくない。
あの、バーナードが。
無二の、親友が。
エリックを決して裏切らなかった、バーナードが。
聖母の手先となり、新勇者となって、エリックを倒すために向かって来る。
聖母たちがバーナードにウソを吹き込み、エリックが敵だと、そう思うように仕向けたのか。
そうでなければ、ヘルマンがエミリアやデューク伯爵に使ったように、異質な力によって意識を支配し、新勇者として仕立て上げたのに違いなかった。
だが、あの、バーナードが。
無数の遺体が積み重なった谷底から這い上がり、満身創痍(まんしんそうい)で、みすぼらしい姿をしていたエリックのことを、まっさきに信用し、手を差し伸べてくれた、バーナードが。
エリックを裏切り、そして、殺しに来る。
たとえ、聖母たちが卑劣(ひれつ)な手段でそうなるように仕向けているのだとしても、エリックは、バーナードが自分を殺しに来るという事実を、認めたくなかった。
(話せば、バーニーなら、わかってくれるはずだ)
そして、呆然自失としていたエリックの内心で、浮かび上がってきたのは、そんな願望だった。
(たとえ、聖母たちに洗脳されているのだとしても。
バーニーなら、オレの声を聞いて、オレが必死に説得するのに気づいたら、きっと、自分を取り戻してくれるはずだ)
バーナードとは、決して、戦いたくない。
殺し合いたくない。
それは、エリックのそんな思いから生まれた、願望だった。
未練、と言い換えてもいい。
エリックは未だに、バーナードが自分の敵になったという現実を受け入れることができていなかった。
「オレ、なんとか、バーニーと話し合ってみたいと思う」
その、ほとんど真っ白になったままのエリックの思考の中で生まれ、大きく、強く膨らんだ願望は、エリックに、そんなことを口走らせていた。
それは、その場にいた人々にとっては、あまりにも唐突な発言だった。
今までずっと呆然自失とした状態で、心ここにあらずという状態だったエリックの様子を見て、(親友が裏切ったのだから、ショックが大きすぎたのだろう)と、周囲の人々はみんな配慮をして、エリックをそっとしていたところなのだ。
「あなた……、気でも触れたの? 」
突然しゃべったエリックのことを人々が驚いて見つめている中、そう言って冷ややかな視線を向けてきたのは、エルフの魔術師、アヌルスだった。
「あなたも、でかでかと空に映し出された、聖母と新勇者の姿を、見たでしょう?
あなたとあのバーナードとかいう新勇者は親友だった、って聞いているから、ショックが大きいのはわかるけれどね?
あれだけはっきりと見せつけられて、説得だのなんだの、今さら通用するわけがないでしょう? 」
「アヌルスの言うとおりだ」
半ば呆れているようなアヌルスの言葉に、元魔王軍の残党軍のリーダー、現反乱軍の副将であるエルフの戦士、ケヴィンも同意した。
「親友と戦いたくないという気持ちは、わかる。
だが、説得するために会いに行くなど、自殺行為だ。
相手が本当にエリック殿と戦うつもりならば、その場で討ち取られてもおかしくはない。
我々はその時、エリック殿を、援護もなにもできない。
エリック殿。
貴殿が失われては、この戦いは、終わりなのだ」
「それは、オレだって、わかっている。
わかっては、いるんだ」
おそらく、その場にいたエリック以外の全員が、アヌルスとケヴィンの意見に同意していただろう。
だが、エリックは、きつく自身の拳を握りしめながら、必死に訴えかけていた。
「それでも、オレは、バーニーを、説得したい。
なんとか、翻意(ほんい)させたい。
望み薄だってのは、オレだって、わかっているつもりだ。
だけど、1度はやってみないと、とても!
とても、バーニーには、剣を向けられない! 」
その半ば泣いているようなエリックの訴えに、その場にいた人々はみな、困惑と同情の入り混じった表情を浮かべていた。
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