・第236話:「新魔王・新勇者:2」

 バーナードが、生きていた。

 その事実を知った瞬間、エリックは、身体の内側から喜びがわきあがる感覚を覚えたが、しかし、その感情は、すぐに消え去った。


 代わりに、「なぜ? 」という疑問符が、エリックの脳内を埋め尽くす。


 バーナードは、エリックにとっての親友だった。

 年齢はバーナードの方が少し上だったが、お互いに地方領主の長男という出自であったことから考え方が似ていたし、互いに、人類を救い、守るために戦うのだという信念を共有していた。

 一緒に魔王・サウラを倒すための旅を続けている間、エリックは、バーナードのことを密かに兄のように思い、信頼し、頼りにしていたのだ。


 そしてバーナードは、エリックを裏切らなかった。


 あの、数多くの遺体が積み重ねられた谷底で蘇ったエリックに、最初に救いの手を差し伸べてくれたのが、バーナードだった。

 満身創痍(まんしんそうい)だった上に、ヘルマンによって罠にはめられたエリックを、バーナードは命がけで救出してくれたのだ。


 そしてその後、バーナードは、聖母こそが黒幕であると知らずに、愚かにも聖母の懐(ふところ)に飛び込んで行ってしまったエリックを逃がすために、戦ってくれた。


 それが、エリックが見た、バーナードの最後だった。

 バーナードは最後まで、エリックと[親友]であり続けたのだ。


 バーナードが、どうなったのか。

 それは、エリックにとってずっと心のどこかにあり続けた疑問だったが、結局、バーナードの安否とその後について、エリックは考えたり調べたりするような余裕はなかった。


 生き延び、復讐(ふくしゅう)を成し遂げるために、精一杯だったのだ。


 だが、そのバーナードは、不意に、エリックの目の前にあらわれた。


 かつての、親友が、[敵]として。

 聖母の手先となり、聖母によって[新魔王]というレッテルを張られたエリックを滅ぼす、[新勇者]として。


 バーナードが、自分を倒すためにやって来る。

 エリックがかつて振るった聖剣を手に、戦いを挑んで来る。


 エリックは、ショックのあまり、聖母による演説を、ほとんど聞いていなかった。

 それはどうせ、聖母に都合のいいウソを並べ立て、エリックや反乱軍を悪者に仕立て上げるための、聞く価値のないものには違いなかったが、エリックは呆然自失としながら、その聖母の口上を右から左へ聞き流していた。


 やがて、空に浮かんだ聖母とバーナードの姿は、聖母の前にひざまずいて忠誠を誓うバーナードの姿と、新勇者の誕生を祝う人々の万雷の歓声を最後に、消えた。


 多くの人々がそうであったように、聖母によるエリックたちへの宣戦布告が終わっても、エリックはその場に呆然と立ち尽くしていた。

 いや、エリックは、その場にいた誰よりも、大きな衝撃を受けていた。


 エリックは、反乱軍の幹部を集めた緊急の作戦会議が開かれることとなり、ケヴィンがエリックを呼びに来るまで、その場に立ちつくしていた。


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 エリックを[新魔王]と呼び、聖母は、バーナードを[新勇者]として選び、勇者としての力と、聖剣を与えた。


 それは、これまで行われて来た戦いが、いよいよ、反乱軍対、全人類という形にまで発展したことを意味していた。


 今までは、ヘルマンや教会騎士団と言った、聖母の手駒たちによる攻撃に耐えればよかった。

 しかしこれからは、新勇者という象徴の下で動員される、数十万の人類軍が攻めよせてくることになるのだ。


 緊急に開かれた作戦会議の場は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 聖母の名のもとに動員された人類軍を相手に戦うことになる、というのは、すでに反乱軍の誰もが想定し、覚悟していた事態ではあったものの、実際にその事態が生じてみると、どう対抗すればよいのか、まるでアイデアがないのだ。


 反乱軍は、ヘルマンによる攻撃によって戦力を減らし、その総勢は2500名程度に減少している。

 これから新たに志願者を募集して補強したとしても、その勢力は少し前に達成した、3000名を超えるということはないだろう。


 その寡兵で、サエウム・テラに住んでいる数えきれない人間たちの中からかき集められた、数十万もの軍隊を相手にしなければならないのだ。


 反乱軍にとってなにより誤算だったのは、聖母の行動があまりにも早いことだった。

 反乱軍にいる人々は誰もが聖母の勢力よりも自分たちが圧倒的に劣っていることを自覚しており、できるだけ自分たちの勢力を拡大するのと同時に、聖母の勢力を切り崩していきたいと、そう考えていた。


 そのために、エリックたち反乱軍は、ヘルマンの襲撃によるダメージからの復旧を進めるのと同時に、わずか1000名で1万の教会騎士団を一方的に撃滅し、100頭以上の竜による攻撃をしのぎ、反乱軍の根拠地となっているデューク伯爵の城館を守り抜いたという実績をもって、できるだけ多くの人々に反乱軍への参加を呼びかけ、聖母から離反するように工作をし始めたばかりだった。


 圧倒的な、戦果。

 それはエリックたち反乱軍の力を示すのと同時に、その[正義]を証明するものだった。


 普通、10倍の敵を相手に一方的な勝利を得たり、強大さで知られている竜を100頭以上も相手取って戦ったりして、合計しても3000名程度にしかならない規模だった反乱軍が生き残り、それどころか勝利を得るなど、誰も考えもしないだろう。


 その、あり得ないことが起こった。

 その事実は、人々に、聖母ではなく、エリックたち反乱軍こそが正しいのだと証明する、なによりの証拠となるはずだった。


 だが、聖母はエリックたちが得た戦果を活用する時間を与えず、次の手を打ってきた。

 おそらくは、ヘルマンが失敗することを最初から見越して、準備していたのだろう。


 戦いの主導権は、聖母によって、完全に握られてしまっていた。

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