・第241話:「親友決裂:1」
そこにあったのは、エリックの記憶と少しも違わないバーナードの姿だった。
茶色の髪に、琥珀色の瞳。
そこには、かつて親友として互いに信頼しあっていた時と同じ笑顔が浮かんでいる。
「バーニー……っ」
エリックは、もう一度、声を震わせながら、その名を呼んでいた。
そして、バーナードの存在をその手で直接触れて確かめようと、1歩、前に出る。
だが、1歩だけだった。
なぜならエリックは、バーナードが、かつてと全く同じではないのだと、そう気がついてしまったからだ。
バーナードが身に着けているのは、聖母が勇者のために用意する、特別製の鎧だった。
魔法の力を与えられて淡い輝きを放つ金属で作られた全身鎧に、聖母を象徴する紋章が編み込まれたマント。
その姿は、エリックに、バーナードが[新勇者]、すなわち、聖母の側の人間なのだということを、自覚させる。
そしてその事実をよりはっきりと物語っているのは、バーナードが身に着けている、聖剣だった。
それはかつて、エリックが振るっていたものだった。
聖母の手先となって、魔王・サウラを滅ぼすために振るい、多くの命を奪って来た、忘れたくても忘れられないものだ。
「バーニー、聞いてくれ! 」
バーナードは、もう、かつてのバーナードではない。
今目の前にいるバーナードは間違いなくエリックの親友であり、兄のようでもあったバーナードだが、お互いの間には大きな変化が生じている。
その現実にたじろぎ、緊張でゴクリ、と唾を飲み込んだものの、エリックはバーナードに向かってそう口を開いていた。
バーナードが、たった1人で、この丘で、エリックのことを待っていた。
それはおそらく、エリックの言い分を聞くためであるのに違いなかった。
そうでなければ、他に誰1人として兵士も連れず、おそらくは聖母からつけられているのに違いない監視役の者たちも遠ざけて、こんなところにバナー度がいるはずがないのだ。
エリックは、自身の思いをすべて、バーナードにぶつけた。
それは不器用な言葉だったが、すべて、エリックの切実な願いのこめられたものだった。
おそらくはバーナードが知らされていないはずの、聖母の正体。
その残忍さと、傲慢(ごうまん)さ。
そして、聖母の支配の下で、いかに多くの犠牲が強いられてきたのか。
その、聖母による残忍な支配を終わらせるために、エリックたちは立ち上がった。
エリックを騙して裏切り、使い捨てにするだけではなく、この世界そのものを自身の都合のいいように支配して来た聖母に、受けて当然の報いを与えるために、反乱軍は戦っているのだと、エリックはそううったえかけ、そして、バーナードが新勇者としてエリックたちを攻撃する必要はなにもないのだと、そう説得しようと試みた。
そのエリックの言葉を、バーナードは、黙って聞いていた。
なにか反論したり、たずねたり、確認したりすることもなく、ただ、エリックが自分自身の言いたいことをすべて言い切るまで、バーナードは待っていた。
やがてエリックは、言いたかったことをすべて言い終えた。
不器用かもしれないが、少なくとも、バーナードに、エリックの気持ちは伝わったはずだ。
そう納得できるほどの言葉を、エリックはバーナードにぶつけていた。
バーナードなら、きっと、わかってくれる。
翻意(ほんい)してくれる。
エリックはそう期待し、祈るようにバーナードの返答を待っていたが、返って来たのは、冷ややかな言葉だった。
「……それで、言いたいことは、全部なのか? 」
そのバーナードの言葉に、エリックの内側で、絶望と、失望とが広がっていく。
「待ってくれ、バーニー! 」
世界のすべてがガラガラと音を立てて崩れ去って行くような感覚の中、エリックは、必死にバーナードを説得しようとした。
どうして、バーナードが翻意(ほんい)しないのか。
その理由がエリックには少しも理解できなかったし、こんな形で決裂することなど、とても納得できることではなかった。
あきらめきれなかったのだ。
「今、バーニーが味方してくれれば、みんなが、助かるんだ!
ここにいる兵士たちも、反乱軍のみんなも、誰も、傷つかなくて済むんだ!
そして、聖母の支配を終わらせることだって、できるんだ! 」
「ああ、確かに。
そうかもしれないな」
だが、バーナードはエリックにそう答えつつも、聖剣の柄に手をかけ、そして、ゆっくりと鞘から引き抜いていた。
「だが、エリック。
オレはもう、[新勇者]なんだ。
この聖剣で、お前を、[新魔王]を滅ぼす使命を、聖母から与えられているんだ」
「ま、まってくれ、バーニー! 」
エリックは、バーナードが険しい表情で聖剣をかまえる姿を前にしながら、なおも説得を続けようとしていた。
「聖母の命令なんかに、従う必要はないんだ!
オレは、人間とは、バーニーとは、戦いたくないんだ!
だから、オレの話を、聞いてくれ!
バーニー! 」
「フン、なるほど。
お前は、相変わらず、[優しい]んだな、エリック……」
エリックの必死の説得に、しかし、バーナードは、鼻を鳴らして嘲笑(ちょうしょう)していた。
「だから、お前は、甘ちゃんなんだよっ!! 」
そしてバーナードはそう鋭く、いらだたしげに叫ぶのと同時に、聖剣を振り上げ、エリックに向かって斬りかかっていた。
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