・第221話:「キメラ:2」

※作者注

 本話も、引き続きグロ注意です。


 以下、本編となります。

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 エリックの後を追ってこの場に駆けつけてきたリディアが、ヘルマン神父の変わり果てた姿と、辺り一面に広がる惨状に、息をのんだ。

 老体であり、鎧も着込んでいることからやや遅れて駆けつけた老騎士も、その光景を目にすると表情を険しくし、剣の柄を強く握りしめる。


「おお、リディア!


 貴様にこの姿を見せるのは、初めてだったかなぁ?


 どうだ?

 スバラシイだろうっ!?


 これが、聖母様が私(わたくし)めに与えてくださった、特別な力なのだよ! 」


 驚きのあまり絶句しているエリックたちの姿を見回しながら、ヘルマンは誇らしそうだった。


「ふざけるなよ、ヘルマン! 」


 そんなヘルマンに向かって、エリックは怒りをあらわにした。


「なにが、聖母から与えられた力だ!?


 お前は、ただのバケモノじゃないか!


 ここにいたのは、負傷した者や、戦うことのできない者ばかりだったんだぞ!?


 それをっ、お前はっ!

 殺して回るだけじゃなく、食らうなんてッ!!


 お前のことを卑劣な奴だとオレは知っていた!

 だが、こんなことをするような、バケモノだとは思わなかった! 」


 そのエリックの言葉に、ヘルマンはむしろ、愉悦(ゆえつ)を覚えたようだった。


「ハッ! なにを、バカなことを!


 今のお前の姿を、鏡で見てみるがいい!

 お前こそ、もはや人間でもなんでもない、バケモノではないか!


 まさか、まさか、仮にも勇者として選ばれた者が、魔王と1つになるなど、考えたこともなかったぞ!


 その姿のおぞましさ、邪悪さたるや!


 この、聖母様がお与えくださった神聖な姿とは、比較にもならんさ! 」


 ヘルマンはそう嘲笑うように言うと、口の中からペッ、と、食らっていた人間の骨片を吐き出した。


 エリックは、怒りと、嫌悪感に震えていた。

 目の前にいるバケモノが、その異常な姿を誇り、あまりにも残忍な行いをしているにもかかわらず、ほんのわずかな罪悪感さえ抱いていないということだけでも、十分に怒りと嫌悪を覚えるのに値する。


 だが、それ以上にエリックにとっておぞましかったのは、そのバケモノの声が、人間の姿をしていたころのヘルマンと少しも変わっていないことだった。


 その変異した姿のおぞましさと、ヘルマンの、人間そのものの声。

 そのアンバランスさが、気色悪さを際立たせている。


「お前と一緒にするな、ヘルマン! 」


 エリックは自身の内側で膨れがあった、抑えきれない嫌悪感と共に、ヘルマンに向かって聖剣の切っ先を突きつけながら、叫んでいた。


「オレは、お前や聖母たちの、間違った支配から、人類を!

 お前たちが世界を支配し続けるために虐げてきた魔物や亜人種たちを!


 この世界を救うために、魔王・サウラの力を受け入れたんだ!


 自分たちが世界を支配し続けるために、人々を騙(だま)して、ウソを教え!

 何百年もの間戦わせてきた、お前たちと、オレは、違う! 」

「ハッ!

 なにが、違うものかよ! 」


 しかしヘルマンは、そう嘲笑するだけだった。


「お前は間違いなく、バケモノだよ、エリック!


 ついさっきお前がやったことを、思い出してみろ!


 武器を捨てて、無様にも背中を見せて逃げていく我が部下たちを、お前は問答無用で斬り捨てて行ったじゃないか!


 なんのためにだ?

 お前の復讐(ふくしゅう)心を満たすためだろう!?


 お前は、お前の自己満足のために、逃げる相手を背中から斬ったんだ!


 お前こそ、立派なバケモノではないか! 」

「違う!


 オレは……、オレは!


 オレは、復讐(ふくしゅう)のためだけに戦っているんじゃない!


 オレは、この世界をお前たちの支配から救うために、戦っているんだ! 」


 エリックは、必死にヘルマンの言葉を否定した。


 怒りに任せて、復讐(ふくしゅう)心に任せて、戦う意思を失い、逃げまどう敵を背中から一方的に殺戮(さつりく)した。

 その事実はエリックに今も残っている良心を責め立て、エリックに、自分はもうバケモノに、復讐(ふくしゅう)に狂った存在なのではないかと思わせる。


 だが、そんなケダモノに自分はなってはいない、なりたくはない。

 そんな思いで、エリックは必死に、ヘルマンの言葉を否定する。


「……フン!

 お前は、なにもわかっちゃいないな、エリック!


 聖母様がこの世界を支配しているのは、間違いなく、お前たち人間を加護するため、守るためなんだよ。


 エリック、お前は、なーんにも、わかっちゃいないぞ? 」


 必死に、半ば自分に言い聞かせるように反論するエリックのことを、ヘルマンは呆れたように鼻で笑った。


「ええい、もう、たくさんだ! 」


 その時、そう叫んだのは、老騎士だった。


「貴様、よくも、わしの部下たちをッ!

 無力な民たちを、傷つけたなッ!?


 1人の騎士として、人間として!

 貴様の行い、断じて許すことなどできぬ! 」


 無抵抗な負傷者や民衆を、虐殺する。

 あまつさえ、その死体を、食らう。


 そのおぞましい行為は、老騎士にとってはとても、認めることのできないものだった。


「ハッ、許せないというのなら、どうするのだ?


 この、老いぼれ騎士が! 」


 そんな騎士のことを、ヘルマンは嘲笑い、挑発するような言葉を向ける。


 老騎士はもう、なにも言わなかった。

 ただ、彼はもう言葉など不要とばかりに剣をかまえると、雄叫びと共にヘルマンへと向かって行った。


「よせっ! 」


 エリックは老騎士を止めようとしたが、遅かった。


 老騎士は瓦礫と死体の海を踏み越えてヘルマンへと肉薄すると、その渾身の力でヘルマンに斬りかかった。

 だが、ヘルマンは余裕の笑みを浮かべながらその斬撃をかわすと、その前足を鋭く、ヒュン、と風を切りながら振るう。


 その、直後。

 胴体から切り離された老騎士の首は、血管から噴き出してくる鮮血と共に宙を舞っていた。

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