・第222話:「キメラ:3」

※作者注

 本話も、引き続きグロ注意です。


 以下、本編となります。

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 老騎士の頭部は、怒りの形相のまま、空中をくるくると回転しながら舞っていた。

 そして、ほんの1、2秒に過ぎないはずだが、やたらと長く感じられる浮遊の後に、ドン、と床の上に落ちると、ゴロゴロ、と転がった。


 ヘルマンは、その老騎士の首を、自身の前足で上から押さえつけて止めた。


「クククク……。


 ああ、愚かな、なんと、愚かな!


 分別をわきまえて聖母様に従ってさえいれば、もっと、長い気ができたものを! 」


 それからヘルマンは、そう喉を震わせて笑いながら、老騎士の首を、まるでボールかなにかのように、自身の前足の間で転がして遊び始める。


 それは、死者に対する冒涜(ぼうとく)に他ならなかった。

 抵抗する術を持たない人々を一方的に殺戮したことに対する、人間ならば誰もが抱くような怒りと嫌悪感によって戦いを挑んだ勇敢な老騎士のすべてを嘲笑し、見下す行為だった。


「いい加減にしろ、ヘルマンっ! 」


 その姿を目にしたエリックは、そう叫ぶのと同時に、聖剣を横にかまえ、ヘルマンに斬りかかって行った。


 魔王の肉体が持つ強力な膂力(りょりょく)で、エリックは聖剣を横なぎに振るった。

 しかし、ヘルマンはその巨体からは想像もつかないほどに俊敏(しゅんびん)な動きで飛び退(すさ)ってその攻撃をかわす。


 エリックは雄叫びをあげながら、ひたすら、ヘルマンに向かって行った。

 それは、抑えきれない怒りと、復讐(ふくしゅう)心のままに、力任せに向かって行く戦い方だった。


(エリック、自分を、見失うな! )


 そのエリックの稚拙(ちせつ)な戦い方を内側からサウラが止めようとしたが、エリックは止まらなかった。


 理性では、こんな戦い方はダメだと、危険だと、わかっている。

 だが、そんな理性を塗りつぶして圧倒してしまうほどに、ヘルマンに対するエリックの怒りと復讐(ふくしゅう)心は強かったのだ。


「バカめッ!


 そんな単純な攻撃が、この俺に通用するかよッ! 」


 ヘルマンは、ケモノの俊敏(しゅんびん)さと人間の知性が合わさった巧みな動きでエリックの攻撃を回避すると、怒りと復讐(ふくしゅう)心に支配されたエリックの単調な動きの隙を突いて反撃に転じた。


 ヘルマンが鋭く振るった前足に生えている鉤爪が、エリックの腹部をとらえた。

 ヘルマンの鉤爪はエリックの身体の表面を鎧のように守っている甲殻を引きはがすように切り飛ばす。


 そしてヘルマンは素早くエリックのふところに飛び込むと、その口を開き、変異したことで肥大化した自身の牙で、エリックの肉体に食らいついた。


「勇者様ッ! 」


 リディアがエリックを支援するためにヘルマンに斬りかかってくれなければ、エリックはさらに追撃を受けていたのに違いなかった。

 エリックから食いちぎった肉片を食らいながら、ヘルマンは口の端を愉悦に歪め、リディアの振り下ろす剣を巧みに回避して、素早く距離を取った。


(エリック。

 冷静になるのだ。


 我を忘れたまま戦えば、いかに我が力をもってしても、勝てはせぬ)


 食いちぎられた傷口を片手で押さえながらかまえをとりなおしたエリックの内側で、サウラがいつもよりも強い口調でそう指摘する。


「ああ……。


 すまない、サウラ。


 でも、ヘルマンにやられたおかげで、頭が冷えた」


 エリックの肉体は、魔王の力、そして黒魔術の作用によって、すでに再生されている。

 傷口も痛みも消えて行ったが、その痛みを心に刻み込んだエリックは、短く深呼吸して冷静に戦うんだと自分に言い聞かせると、そう言ってサウラにこたえた。


 エリックの肉体の傷は治ったものの、ヘルマンに食いちぎられた部分は、そのままであるようだった。

 エリックたちから距離を取ったヘルマンは、ニヤニヤと勝ち誇った笑みでエリックとリディアのこと眺めながら、その口の中でもぐもぐとエリックから食いちぎった肉体の一部を咀嚼(そしゃく)している。


 そしてヘルマンは、その咀嚼(そしゃく)したものを、ゴックン、と飲み込んだ。


「ふぅむ、エリック!

 なかなかの味わいだぞ!


 実に、奇天烈で、今まで味わったことのない味だ! 」


 そう言って、エリックの肉体から食いちぎった肉片を飲み込んでしまったことを、ヘルマンは口を大きく開いて見せつける。


 その瞬間、エリックの全身を再び、言い表しようもないほど強烈な嫌悪感が押し包んだ。

 目の前で自分の身体の一部だったモノを、ヘルマンに食われたのだ。


「クククク……。


 次は、リディア。

 お前を味見してみたいものだなァ? 」


 嫌悪感を抱いているエリックの様子を満足そうに見た後、ヘルマンはその視線をリディアの方へと向け、イヤらしい下品な笑みを浮かべる。


「動物でも人間でも、うまい肉っていうのは、大抵、女の肉なんだよ。


 男の肉っていうのは、まったく、筋肉が多くて、固くて、マズいんだ。

 その点、女の肉は柔らかいし、適度に脂肪があって、実に美味!


 そういうわけで、今からお前を殺して、食ってやろう。


 リディア、安心しろ?

 ちゃんと、首をへし折って、きっちり息の根を止めてから食ってやるから、痛みもさして感じないはずだ。


 まずは、その腸(はらわた)を引きずり出して、ずるずる、血をすすりながら食ってやる! 」

「……この、ケダモノッ! 」


 そのヘルマンの言葉に、リディアも嫌悪感を隠せない様子だった。


「ヘルマン!


 お前の好きなようになんか、させないっ! 」


 そんなヘルマンに向かってそう叫ぶと、エリックは聖剣をかまえて、再び斬りかかって行った。

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