・第220話:「キメラ:1」
※作者注
本話も、引き続きグロ注意です。
以下、本編になります。
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そこには、ついさっきエリックが目にした惨状と同じか、それ以上の光景が広がっていた。
そこはかつて、大勢の使用人や兵士たちが集まって食事などをすることができる大きな食堂だった。
毎日大勢の人々が集まり、にぎやかに食事を楽しむ、そんな団らんの場所だった。
エリックの記憶の中で、そこにいる人々はみな、笑っていた。
食事は毎日の楽しみであったし、その場所は、エリックが失ってしまった幸福だったころの記憶と強く結びついている。
だが、そこにはそんな穏やかで楽しげな光景はない。
内部は、まるで嵐の直撃でも受けたように、滅茶苦茶に破壊されてしまっていた。
配置されていたテーブルやイスは粉々に砕かれて破片が散乱し、食器などが並べられていた食器棚も破壊されて床の上に倒れ、割れた食器が散乱している。
そしてその瓦礫の上には、無数の肉片と、血潮が荒々しくぶちまけられていた。
大勢の負傷兵たちや、武器を取ったことのない使用人たち、非戦闘員がいる。
守備隊の指揮官を務めていた老騎士はそう言っていたから、おそらくこの食堂は、野戦病院のような場所として機能していたのだろう。
そこには大勢の負傷兵たちが寝かされ、その負傷兵たちを、人々は空を埋め尽くす竜たちに怯えながら、必死に治療をしていたはずだった。
しかし、そこにはそんな人々の姿はない。
残っているのは、かつて人間だった、その残骸だけだった。
エリックは、凄惨な光景には慣れているつもりだった。
勇者として辛く苦しい魔王軍との戦いを経験していたし、あの魔王城での戦いで行われた、虐殺同然の行為も、その目で直接見ている。
それでも、吐き気がこみあげてくるような、そんな光景だった。
原形をとどめない肉片となって、文字通りミンチにされた人間など、エリックは見たことがないからだ。
なによりおぞましかったのは、この惨状をもたらした者の姿だった。
それはまるで、いくつもの異なる生物をバラバラにし、その一部分だけを切り取ってかき集めて、1つの生物に作り変えたような姿をしていた。
胴体は、おそらく、ライオンかなにかで、4つ足の動物に似ている。
だが、その前足と後ろ脚は、竜のように見える。
そしてその背中からは、人間よりも大きな巨体を飛行させることができそうな、巨大な鳥の翼が生えている。
尻尾もあったが、それは蛇の頭のようであり、本体とは異なった意志で動いているようにゆらゆらと不気味に揺れている。
その見たこともない生物の名前に、エリックは心当たりがあった。
キメラと呼ばれる、おぞましい魔法実験によって生み出された生物だ。
旅の間、クラリッサから聞かされたことがある。
かつて人類は魔王軍の脅威に対抗するために、強靭な魔物たちを凌駕(りょうが)する生命体を、人工的に作り出そうとする計画があった。
魔王軍を圧倒することのできる、強大な、しかも意志を持って自立して敵と戦い、人類を守ってくれる兵器。
それを生み出すための手っ取り早い方法として、人間たちは様々な生物から優れた部分だけを切り取ってつぎはぎし、新たな生命体として生み出したのだという。
それが、この世界でキメラと呼ばれている存在だった。
その姿は、様々なものだったのだという。
魔王軍に対抗するためにはどんな力が必要なのか、人間たちは様々な検討をし、そして、おぞましい魔法実験をくり返した。
今、エリックの目の前にいるその生物は、クラリッサから昔話として聞かされたキメラにそっくりだった。
だが、キメラの話をした時、クラリッサは「ずっとずっと、昔の話だけどね」と、笑いながら話していた。
人間が自ら新しい生物を生み出そうという実験は、最後には聖母の意向によって中止とされ、キメラを研究することは禁忌(きんき)とされたからだ。
今となっては誰も、キメラの作り方など知らない。
ただ、いくら魔王軍に対抗するためとはいえ、踏み入ってはならない領域に踏み込んでしまった過去をいましめるために、昔話としてその存在が語り継がれているだけだった。
だが、その過去に消滅したはずの存在が、現実のものとなって目の前にいる。
なによりエリックに嫌悪感を覚えさせたのは、そのキメラが、元々は[誰]であったのかが、わかってしまうからだった。
キメラは、ライオンのたてがみにおおわれた首を長くのばし、無残に胴体を引きちぎって殺した死体を、食っていた。
元が男だったのか女だったのかもわからない死体の衣服をその牙で引き裂き、骨をバリバリとかみ砕き、肉を引きちぎって、血をすすっている。
食事に夢中になっていたそのキメラは、エリックの存在に気づいたのか、顔をあげた。
そしてそのあごから真っ赤な血を滴らせ、牙に衣服の切れ端と頭髪の一部を引っかけたまま、それは、エリックに向かって嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。
「よォ、遅かったじゃないか、反逆者・エリック。
あんまり遅いから、ここにいた奴らはもう、ほとんど殺してしまったぞ?
ついでに、変身のせいで腹がすいたから、少々[味見]させてもらった。
なかなか、イケるゾ? お前の使用人たちは! 」
その顔は、おぞましいバケモノへ変異したことによって姿が大きく変わり、表面をライオンの毛皮のようなもので包まれてはいたものの、元々の雰囲気を色濃く残していた。
それはまぎれもなく、ヘルマンだった。
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