・第219話:「轟音」

※作者注

 本話は、グロ注意です。


 以下、本編になります。

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「助けに来るのが遅れて、すまない」


 少し頭を冷やしたエリックは、ひとまず近くには敵兵がいないことを確認すると、聖剣の切っ先を下におろし、リディアたちに向かってゆっくりと近づき、そう言って頭を下げた。


 その様子に、リディアも老いた騎士も、少しほっとしたような顔をする。

 それは、エリックが救援に駆けつけてくれたことにたいする安心ではなく、エリックが冷静さを取り戻したことに対する安心であるようだった。


「他の人たちは、どうなっているんだ?

 無事、なのか? 」


 その2人の反応にちくりとした心の痛みを感じながらエリックがそう問いかけると、リディアと老いた騎士は互いの顔を見合わせ、それから守備隊の指揮官として城を預かっていた騎士が険しい表情でうなずいた。


「生き残りは、上の階に避難させております。

 ですが、負傷兵が多く、戦える者はあまり残ってはおりません。


 使用人たちは、なんとか救うことができたのですが……。


 城の守備をあずけていただいておきながら、このような事態になりましたこと、お詫びのしようもございませぬ」

「いや、よく戦ってくれた。

 相手が竜で、しかも、ヘルマンまでいたのが、いけなかったんだ」


 深々と頭を下げて来る騎士に向かって、エリックはそうねぎらいの言葉をかけた。


 実際のところ、聖母たちが奇襲をしかけて来ることを予想できていなかったエリックたちにも責任はあるし、なにより、異常な力を手にしたヘルマンを相手にしていたのだから、他の誰が守備隊を指揮していようと、苦戦はしていただろう。

 むしろ、エリックが到着するまでよく持ちこたえてくれていたと、そう思うべきだった。


「それで、勇者様。

 こちらへ向かってきていたという教会騎士団は、どうなったのですか? 」

「ああ、リディア、安心してくれ。

 そっちの方は、ガルヴィンのおかげで片づいた。


 今、急いで救援しに向かってきてくれているよ」


 それからエリックは、城館の外の戦況をまだ知らないでいるリディアたちに笑みを向け、はげますように言った。


 峠の戦いは、エリックたち反乱軍の圧勝に終わり、向かってきていた教会騎士団は壊滅したということ。

 そしてすでに先行してきていた騎兵は城下町の反乱軍と合流して立て直しを進めていることと、その後ろから残りの反乱軍も駆けつけてきていること。

 加えて、上空にいた竜たちも多くを撃墜し、追い払ったことを伝えると、ようやく、リディアも老いた騎士も笑顔を見せた。


 だが、問題は、ヘルマンだ。

 エリックの突撃を受けたはずだったが、彼はどこかへ姿を隠し、兵士たちがエリックによって殺戮されている間も姿を見せなかった。


 ヘルマンは、いったいどこに行ったのか。

 エリックは自分の突撃と、その後に力任せに聖剣を振り回した影響で壁などを破壊され、半ば吹きさらしのようになってしまっている屋内を見渡し、兵士たちの死体と瓦礫(がれき)のどこかにヘルマンの姿がないかを見渡す。

 しかし、ヘルマンの姿は、そこにはいない。


 卑劣なヘルマンのことだからまた、自身の部下たちが倒される間に逃走してしまったのかもしれない。

 上の階から轟音が響くのと同時に人々の悲鳴が聞こえてきたのは、エリックがそう思い始めた時だった。


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 悲鳴は、続けざまに聞こえてきた。


 まるで断末魔のような、男の悲鳴、女の悲鳴。

 恐怖を押し隠そうとするかのように張りあげられた雄叫びも聞こえる。

 そしてバタバタと、人々が逃げ回るような足音が響いてくる。


 その悲鳴を聞いた瞬間、エリックたちは、弾かれたように駆け出していた。

 エリックは翼を収納しながら魔王の力を受け入れて強化された身体能力で階段を駆けのぼり、その後にリディアと老いた騎士が続く。


 エリックが駆けつけた時、そこには、数えることのできない遺体があった。


 おそらく、元の人数は、10名程度だったのだろう。

 数えることのできない、というのは、その遺体がみな、元がどんな形状だったのかわからないほど、損壊しているからだった。


 その身体は抉(えぐ)られ、千切れ、まだ暖かい血と共に、床にも、壁にも、天井にも飛び散っている。

 頭蓋をなにか巨大な力で壁や床に叩きつけられた遺体からは目玉や脳が飛び出し、天井にぶら下がった遺体からは、内臓が垂れ下がっていた。


 辺りには、濃厚な血の臭いが充満していた。

 その臭いは、エリックに魔王城での死闘を思い出させるほどの濃さだった。


 それは、普通の死に方ではなかった。

 剣などの武器を使ったわけでもなく、まるで、凶暴なケダモノがその膂力(りょりょく)で無理やり引きちぎったり、叩きつけたりしたような、そんな死に方だった。


 エリックの脳裏に犯人として真っ先に浮かんだのは、ヘルマンだった。

 しかし、ヘルマンは強靭な身体能力を持っていたとしても、武器を使っていた。

 こんな風に、ケダモノが力任せに殺すようなやり方はしないはずだった。


 いったい、なにが起こっているのか。

 エリックは焦燥感を覚えながら、この惨状をもたらしている敵の姿を探した。


 すぐに、別の悲鳴が聞こえてくる。

 どうやら生き残った兵士もいるのか、剣で戦っているような音と、怒号も聞こえてくる。


 きっと生存者がいて、この惨状をもたらした敵に襲われているのに違いない。

 そう思ったエリックは、聖剣を手に、声のした方に向かって走って行った。

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