・第14話:「旅の終わり:2」

 拍手をしていたのは、ヘルマン神父だった。


 戦いが終わり、剣を鞘(さや)へと納めたヘルマン神父は、教会騎士団の兵士たちの中から進み出ながら、心底嬉しそうな笑みでエリックの方を見つめていた。


「お見事! いやぁ、実に、お見事! とうとう、勇者としての務めを果たされましたな! さすが、聖母様がお選びになった、勇者様だ! 」


 どうやら、サウラに弾き飛ばされたヘルマン神父だったが、無事であったようだった。

 そのことはエリックも嬉しかったのだが、しかし、エリックは少し落ち込んだように視線を落とす。


「いえ……。最後に勝てたのは、バーナードと、リディアのおかげでした」


 それは、エリックの本心だった。

 確かにサウラに最後の止めを刺したのはエリックだったが、エリックは最後まで、戦いの中でも迷いを捨て去ることができなかったのだ。

 もし、バーナードや、リディアがいなかったら。

 エリックは、自分自身に与えられた役割を果たすことができたのかどうか、わからない。


「ご謙遜(けんそん)を! いやはや、我らが勇者様は、謙虚(けんきょ)なお方だ! 」


 だが、そんなエリックの姿に、ヘルマン神父は感激している様子だった。

 魔王を倒し、世界を救った英雄となってもエリックが謙虚(けんきょ)なままでいることを、心底から喜んでいるようだった。


「しかし、勇者殿。まだ、お役目は、終わってはおりませぬぞ。……これより聖母様の下へ帰参し、我らの勝利が成ったことをご報告も仕上げ、民を安心させてやらねばなりませんからな」


 だが、ヘルマン神父は突然まじめな表情を作る。


「ええ。……早く、ご報告をしなければなりませんね」


 そのヘルマン神父の言葉に、エリックはうなずき返した。


 魔王は、倒した。

 そして、一時は人類を追い詰めた魔王軍も、もはや全滅したはずだった。


 だが、それだけではまだ、エリックたちの旅は終わりではない。

 戦いに勝利し、世界が救われたことを報告しなければ、人々に平穏は戻っては来ないのだ。


「いやいや、ご安心を。

[後]のことは、すべて、[こちら]の方で執り行わせていただきますので。


お前は、もう、用済みだ」


 ようやく帰れると思うものの、戦いからようやく解放されて気が緩み、これまで凄惨(せいさん)な戦いを続けてきた心労と肉体的な疲れがどっと噴き出してくるように感じていたエリックに、ヘルマン神父は満面の笑みでそう言った。


 [後]のことは、すべて[こちら]の方で。

 お前はもう、用済みだ。


 その口調に嘲(あざけ)るようなニュアンスを感じ、そして、それまでの丁寧な口調を豹変(ひょうへん)させて、「お前は用済みだ」と宣告したヘルマンの言葉の意味を、エリックはすぐには理解することができなかった。

 そして、そのことを問いただすこともできなかった。


 なぜなら、その時エリックの身体を、背後から1本の剣が貫いたからだった。


────────────────────────────────────────


「な……、に……? 」


 エリックは、突然自身の身体を貫いた衝撃に戸惑い、愕然(がくぜん)としながら、自身の身体に起こったことを理解しようとしていた。


 視線を下に向けると、そこには、剣の切っ先が、確かに飛び出していた。

 その切っ先は鋭く、そして、聖母からの加護と魔法の力を受けていたはずの強固なエリックの鎧を、いとも容易く貫通している。

 そして、その、淡く輝くような刀身には、エリックの血がべったりとまとわりつき、そして、水滴となって、したたり落ちていた。


 刺された。

 そのことをエリックが理解するのと同時に、エリックの身体を、熱く、熱を帯びた激痛が襲った。


 だが、エリックは、悲鳴をあげることができなかった。

 なぜなら、身体の中であふれ出した血液がさかのぼってきて、エリックがあげようとした悲鳴は、「ご……ぼ……っ!! 」と、くぐもったうめき声にしかならなかったからだ。


 急に、身体から力が抜けた。

 一度に大量に出血したことで、エリックの身体機能は一瞬で失われつつあった。


 なんで。

 どうして。


 なぜ、自分の身体を、剣が貫いたのか。


 エリックは、なにが起こったのかは理解できたが、なぜ、そんなことが起こったのかは、少しも理解することができなかった。


 まさか、魔王が生き残っていて、勝利したと思って油断していたエリックを、背後から貫いたのだろうか。

 だが、エリックの身体を貫いていたのは剣の切っ先で、サウラが武器としていた鉤爪ではなかった。


 エリックは膝をつき、そして、力なく床の上に倒れこんだ。

 もはやエリックの身体は少しも動いてはくれず、まだ感覚は残っていたものの、まるで泥でできた人形になったような気分だった。


 倒れたエリックの身体から、鮮血が染み出していく。

 それは、失われつつあるエリックの命そのものであるように思えた。


 エリックは状況を飲み込めずに混乱したまま、ひっしに、助けを求めて周囲を見る。


 そこには、たくさんの人間の姿があった。

 ヘルマン神父に、教会騎士団の騎士たち。


 だが、彼らは、死んでいくエリックのことを見おろしているだけで、動こうとしない。


「ああ、勇者よ。……なんと、おいたわしい」


 ヘルマン神父は悲しそうに顔を伏せ、まなじりに涙を浮かべつつ、聖母に手で祈るようなしぐさをして見せたが、やはり動こうとはせず、傍観(ぼうかん)したままだった。


「リ……ディ……ア……」


 勇者は、感覚も失われていくのを感じながら、まだ動く視線を動かし、かすれた声で聖女の名を呼ぶ。


 聖女の、癒(いや)しの力があれば。

 エリックの傷を塞ぐことができ、そして、エリックの治療も可能だったかもしれない。


 だが、エリックの視界の中にはリディアの姿はなく、エリックの必死の呼びかけにも、彼女が答えることはなかった。


 あるいは、彼女もまた、勇者であるエリックと同じように、背後から突き刺されてしまったのかもしれなかった。


 やがて、エリックの意識は薄れ、そして、すべてが雲散霧消していくような、冷たい喪失感ととともに、途絶えた。

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