・第13話:「旅の終わり:1」

 勇者・エリックが振り下ろした聖剣は、確かな手ごたえと共に、魔王・サウラの身体を袈裟(けさ)切りに、深々と切り裂いていた。


 サウラの肉体から、紫色をした血液があふれ出る。

 人間で言えば、肺や、心臓、臓器を切り裂かれて、致命傷となるはずの傷だった。


 だが、サウラは膝を屈しなかった。

 数歩、よろめきはしたものの、サウラは地面を踏みしめ、その視線を真っ直ぐにエリックへと向ける。


 そして、サウラは嗤(わら)った。

 それはエリックのことを嘲笑するようでもあり、また、敗北者となる自らを自嘲するような笑みだった。


「見事だ、勇者よ……。だが、しょせん、お前も、我も、[道化]に過ぎぬのだ」


 サウラが呟いた、その言葉。


 エリックは、その意味を考えることもなく、ただ、長く苦しく、凄惨なこの戦争を集結させ、人類に平穏で幸福な日々を取り戻すため、雄叫びをあげながら聖剣を振るった。


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 魔王・サウラの首がその胴体を離れ、床の上に何度かバウンドしながら転がった後。


 魔王の玉座の中は、歓声に包まれた。


 戦いの行く末を見守っていた教会騎士団の騎士たちが、魔王・サウラがついに滅ぼされたことを喜び、勇者・エリックと聖女・リディア、そしてその5人の仲間たちが成しとげた偉業をほめたたえる歓声だった。


 惜しみない歓呼の合掌を耳にしながら、エリックは魔王・サウラを滅ぼした時の姿勢のまま、荒い呼吸をくり返していた。

 そして、その手に握られていた聖剣をエリックは手放し、こみ上げてくる様々な思いに耐えながら双眸(そうぼう)を閉じ、目頭が熱くなるのを感じていた。


 魔王を倒し、世界を救うための旅に出てから、1年あまり。

 その間、ずっと臨み続けた瞬間が、今、現実のものとなったのだ。


 もちろん、嬉しいという気持ちが大きい。

 エリックは聖母に勇者として選ばれ、そして人々から受けてきた期待に、見事にこたえることができたのだ。


 だが、それよりも大きかったのは、解放感だった。


 旅の間中、エリックにはずっと、与えられた[使命]がつきまとい、その[責任]の大きさが重くのしかかっていた。

 無事に使命を果たしたことで、その責任からも、ようやく解放される。

 エリックの中には、そんな、安心感のようなものがあった。


 だが、すぐにエリックの意識は、現実へと引き戻される。

 自らを犠牲として、魔王・サウラを倒すきっかけを生み出してくれた親友、バーナードが、深い傷を負ったことを思い出したからだった。


「バーニー! 大丈夫かっ!? 」


 双眸(そうぼう)を見開き、倒れて動かない魔王・サウラの死骸(しがい)の近くで倒れているバーナードの姿を見つけたエリックは、手放した聖剣を拾い直すこともなく、慌てて彼に駆けよっていた。


 バーナードには、すでに聖女・リディアがよりそっていた。

 リディアは、聖剣を使う力を持つのと同時に、傷を癒(いや)す奇跡の力を聖母から与えられており、その力でバーナードの傷を癒(いや)そうとしていた。


 倒れたバーナードの腹部に手を当て、リディアの奇跡の力で傷口は塞がれたが、バーナードは気を失ったままだった。

 死んだわけではない。

 呼吸はしている。

 だが、深い傷を負ったことで、血を失い過ぎているのかもしれなかった。


「いくらリディアの癒しの力があるっていっても、このままじゃマズいわね。早く、後方に下げて治療してあげないと」


 バーナードが生きていることにほっとし、同時に、彼が目覚めないことで不安を表情にあらわしていたエリックの隣にやって来たクラリッサが、冷静な口調でそう言った。


「クラリッサ。……バーナードのこと、頼めるか? 」

「任せておきなさい。こんな時のために、いい薬草をたくさん集めてあるんだから。傷はリディアが塞いでくれたんだから、あとは、内側からなんとかしてみせましょう」


 真剣な表情でクラリッサを見つめながらのエリックの言葉に、クラリッサは少し胸を張りながらうなずいてみせる。

 優秀な魔術師であるクラリッサは、薬剤の調合にもたけており、傷を塞いだ後なら彼女の知識が最良の治療となるはずだった。


 クラリッサはすぐに行動し始め、教会騎士団の兵士たちに声をかけて手伝ってもらい、槍とその場にあった布などで担架をくみ上げ、気絶したままのバーナードをその場から運び出していく。


 その姿を見送り、エリックはようやく、すべての不安や心配を払しょくすることができた。


「リディア。……ありがとう」


 それからエリックは、親友を傷つけることに躊躇(ちゅうちょ)して動けなかった自分に代わって魔王に向かって行ったリディアに、そう礼を言った。

 謝罪の言葉が出かかっていたが、エリックはそれをどうにか飲み込んでいた。

 謝るのは、なにかが違うような気がしたからだ。


 リディアは、しかし、エリックの言葉にはなにも答えず、重苦しそうな表情で、一瞬だけチラリとエリックのことを見て、すぐにうつむいてしまう。


 魔王を倒し、エリックとリディアはその役目を果たして、世界を救った。

 そのはずなのに、リディアの表情は晴れず、これまで見てきた中でも一番、辛そうなものに見えた。


 まだ、なにか心配事があるのだろうか?


「リディア。……どうしたんだ? 」


 まさか、どこか負傷でもしているのかと思って、エリックはリディアの顔をのぞき込むようにする。

 そんなエリックに、リディアは視線を合わせようとはせず、なぜか動揺したように視線を揺れ動かしていたが、やがて彼女は意を決したようにエリックの方を見つめた。


「勇者様。あのっ……! 」


 だが、そこから先の言葉は、拍手の音でかき消された。

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