・第12話:「魔王軍包囲殲滅戦:9」

「まったく。……魔王ともあろう存在が、死者を悼(いた)むなどと。……まったく、お笑い草だ! 」


 聖剣を手にしたままなにも言えず、身動きもできずにいたエリックの代わりに、声をあげたのはヘルマン神父だった。


 ヘルマンは、普段の穏やかで紳士的な物腰とは異なり、敵意も侮蔑(ぶべつ)の感情も隠すことなく、魔王・サウラを嘲笑う。


「惨めなものだな……。聖母様に逆らおうとするから、こうなるのだ」


 そのヘルマンの言葉に、サウラはようやく、その顔をエリックたちの方へと向けた。

 そして、鎧にも見えるその外皮の下で、双眸(そうぼう)を細める。


「聖母の、忠良なる僕(しもべ)、か」


 サウラの発した言葉は、流暢(りゅうちょう)な人間の言葉だった。


「芝居がかったたわごとは、やめにしてもらおうか。……すでに、我の敗北は認めざるを得ぬが、今さら、我は引き下がろうとは思わぬ」


 そしてそう言うと、サウラはゆっくりと立ち上がり、エリックたちの方を振り返りながら、自身の手に力をこめる。

 すると、ジャキ、という歯切れのよい音と同時に、甲虫のようなサウラの外皮に後から取りつけられた、長い剣のような鉤爪が展開される。


 その鉤爪が、魔王・サウラの武器であり、これまで何人もの人間を屠り、何度もエリックたちを追い詰めた刃だった。


「我が言葉を信じ、理想を共にし、散って行った、我が眷属(けんぞく)のために。我は、この身を捧げよう」


 そして、ゆっくりと身構えると、魔王・サウラは、不敵な笑みを浮かべているヘルマン神父、それから勇者・エリック、聖女・リディアへと視線を向け、咆哮(ほうこう)した。


「来い! 聖母の僕(しもべ)どもよ! 我を倒して見せよ! 」


 その、魔王・サウラからの挑戦を受けて、勇者・エリックもまた、声を張り上げて叫び、聖剣をかまえながら突撃していった。


────────────────────────────────────────


 魔王・サウラは、強大な敵だった。


 その武器である鉤爪は鋭く、動きは素早く、その外皮は固く、それだけでなく、魔法まで巧みに使いこなしてくる。

 これまでサウラとは何度か戦い、その度に苦汁をなめさせられ、ピンチを辛うじて潜り抜けてきた勇者・エリックは、その5人の仲間と共にサウラと戦った。


 玉座の間には、エリックたちと共に玉座の間へと踏み込んできた教会騎士団の兵士たちの姿もあったが、彼らは勇者たちの魔王との戦いを、遠巻きに見つめているだけだった。


 教会騎士団は、聖母にもっとも忠実で、そして精強であることで知られている。

 だからこそ、勇者たちと共に魔王城の最深部にまで突入する役割が与えられていた。


 だが、彼らには、勇者と共に過ごした[時間]というものがなかった。

 エリックとその仲間たちはみな、この時代でもっとも優れた戦士や魔術師たちであり、その戦闘能力が傑出しているだけでなく、長い間共に旅をし、同じ苦難を味わいながらそれを乗り越えてきたことから、それぞれが強い絆(きずな)で結ばれている。

 言葉を交わさずとも相手がなにを意図して動いているのか察しがつくし、それに合わせて瞬時に動くことができる。

 他の兵士たちが勇者たちの戦いに介入せず、見守っているのは、その[連携]を乱さないためだった。


 人数で言えば、6対1。

 エリックたちはサウラを四方から取り囲み、互いに連携しながら、サウラを休ませることなく攻撃を続けた。


 それでも、サウラはエリックたちの攻撃に耐え、対等以上に渡り合っていた。


「ぎゃっ!? 」


 横なぎに振るわれたサウラの左手の裏拳をもろに受けて、サウラの懐(ふところ)に飛び込んで短剣を突き立てる機会をうかがっていたリーチが吹っ飛ばされる。


「ぬぅっ!? 」


 続いて、リーチを吹っ飛ばした瞬間を隙(すき)と見て攻撃を加えたヘルマン神父の斬撃をサウラは受け止め、至近距離からほぼノータイムで呪文を唱えてヘルマン神父も弾き飛ばした。


 2人の安否は、わからない。

 それを確かめている余裕などなかったし、それに、6人から4人に人数を減らされてしまったこの一瞬は、エリックたちにとってはチャンスに見えた。

 たて続けにリーチとヘルマンを攻撃したためにサウラの体勢が崩れたのだ。


「やれ! エリック! 聖女殿! 」


 エリックと同じことを考えたのだろう。

 バーナードがサウラの身動きを封じるために組みつき、エリックとリディアの方を振り返って叫んだ。


 バーナードごと、サウラを聖剣で貫け。

 エリックにはバーナードの意図が理解できたが、一瞬、親友ごとサウラを屠(ほふ)ることを躊躇(ちゅうちょ)してしまう。


 覚悟はしてきたつもりだったが、やはり、大切な仲間を犠牲にするという選択肢は、エリックには咄嗟(とっさ)に取れなかったのだ。


 その間に、魔王・サウラはバーナードを振り払うため、その手を叩きつけようと振り上げていた。

 だが、その動きは、クラリッサが放った魔法によって封じられた。

 魔王の魔力は強力であり、効力は長続きはしないものの、一時的にその身動きを金縛りにあったかのように封じる呪文が効いたのだ。


 その瞬間、動いたのはリディアだった。

 リディアは聖剣を腰だめにかまえ、魔王の懐(ふところ)めがけて飛び込んでいった。


 リディアが自身の体重を乗せて突き入れた聖剣は、聖母から授けられた力によって魔王の守りを貫き、深々と串刺しにする。

 その切っ先は、魔王の下腹部を、そしてバーナードの腹部を刺し貫いていた。


 リディアは聖剣を引き抜き、サウラに止めを刺そうとするが、クラリッサの魔法を打ち破ったサウラはすでに動き出しており、その手で聖剣の刀身を直接握りしめて、リディアがそれを引き抜くことを阻止する。

 サウラの背後では、少しだけ聖剣が引き抜かれたおかげで腹部から刃の抜けたバーナードが、よろめきながら倒れこんだ。


「勇者様! 」


 サウラに聖剣を封じられてしまったリディアが、エリックを振り返りながら叫ぶ。


 ようやく、エリックの身体は動いてくれた。


「リディア! 魔王から離れろ! 」


 エリックはそう警告すると、雄叫びをあげてサウラへと突っ込む。

 そして、リディアが聖剣を一度手放して飛び退(すさ)った直後、エリックはがら空きとなった魔王・サウラの身体めがけて、聖剣を振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る