・第10話:「魔王軍包囲殲滅戦:7」
勇者と聖女を、倒すために。
そのことだけを思念し、一心に攻撃を加えていた魔王軍だったが、その横合いから人類軍の兵士たちが襲いかかった。
オークの自爆兵の攻撃によって一時的に混乱した人類軍だったものの、すぐに後続の兵士たちが駆けつけ、突撃して来た魔王軍に対して反撃を開始したのだ。
「征けイ! 忠実なる聖母様の信徒たちよ! 不信心者たちを蹴散らせェイ! 」
突撃していく教会騎士団の先頭に立っていたのは、ヘルマン神父だった。
ヘルマンは、すでに40過ぎという外見からは想像できないほどの素早さで魔王軍の隊列の中に飛び込むと、エリックとリディアのことしか眼中になかった魔王軍の兵士たちを次々と切り伏せていった。
ヘルマンには聖剣を用いることはできなかったが、その剣は聖剣に準じた、勇者と聖女以外の人間が用いることのできる武器の中ではもっとも威力の高いもので、その切れ味は、ヘルマンの剣術の技量と相まって抜群だった。
勇者と聖女の2人を追い詰めたかに見えた魔王軍の兵士たちだったが、形勢は一瞬で逆転し、ヘルマンと、彼に従って突撃する教会騎士団の騎士たちの手によって一方的に討ち取られていった。
元々負傷兵だらけであり、半ば気力だけで戦っていた魔王軍の兵士たちは、その闘志が燃え尽きていなくとも、万全な状態の新手の敵には満足に応戦できなかったのだ。
魔王軍の反撃は、粉砕された。
オークの自爆兵の攻撃をきっかけとして攻撃に参加した魔王軍の兵士たちはことごとく戦死し、その抵抗を粉砕した人類軍は、この機を逃すまいと城門を潜り抜けて魔王の城館へと突進していく。
「オレが先頭を走る! エリック、それに聖女殿は、後に続いてくれ! 」
「ああ、わかった! 」
周囲を取り囲んでいた魔物たちを片づけて再合流したバーナードの言葉にエリックはうなずくと、駆け出したバーナードに続いて、リディアやクラリッサ、リーチたちと共に走り出す。
このまま一気に魔王の眼前にまで突入し、一気に、この凄惨(せいさん)な戦いに決着をつけるつもりだった。
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魔王軍の決死隊による反撃を粉砕したのち、人類軍は、ほとんど抵抗を受けることなく魔王の城館の奥深くへと進んでいった。
どうやら、城門を守っていた者たちが、魔王軍にとっては最後に残った[まともに戦うことのできる]兵士たちであったようだった。
城館の内部には、多くの魔物や、亜人種たちの姿があった。
だが、その大半は、もはやまともに動くことすらできないほどの重傷を負った負傷兵たちや、戦う術を知らない非戦闘員たちだったのだ。
おそらくは、強力な魔法障壁による防御を持つ魔王の城館がもっとも安全な場所であり、魔王軍は非戦闘員たちをそこに避難させていたのだろう。
城館の内部には、避難していた魔物や亜人種たちで、ひしめき合っていた。
それは、もはや、戦闘と呼べるようなものではなかった。
力ある者が、力なき者を一方的に殺戮(さつりく)する、虐殺だった。
「降伏スル! 聖母様ニ忠誠ヲ誓ウ! 人間ノ奴隷ニナル! ダカラ、殺サナイデッ! 」
そう懇願(こうんがん)する瀕死(ひんし)の魔物を、人類軍は問答無用で斬り捨てた。
死体が1つ増えた。
「お願いシマス! 子供の、子供ノ命だけはっ! 」
赤子を抱きかかえ、カタコトの人間の言葉で訴えかけてくる亜人種の母親にも、人類軍は容赦しなかった。
死体が2つ増えた。
悲鳴と、情けを請う哀願の声。
魔王城の城館の内側で悲痛な叫びが折り重なり、響き合い、そして、少しずつ静かになっていく。
やがて、動くのは、人間たちだけとなった。
エリックは、最悪な気分だった。
魔物や亜人種たちと、人間とは、相いれない。
そう幼いころから教えられ、魔物や亜人種たちの残虐性、卑劣さを語り聞かされながら育ち、実際に魔王軍と戦うことでそのあり様を目にしてきたエリックは、人類の平和を少しでも長続きさせるためには、魔物も亜人種も徹底的に殲滅(せんめつ)しなければならないという、聖母が下した命令を受け入れている。
そうしなければ、人類に危険が及ぶ。
その理屈に納得は、していたのだが。
だが、現実に、戦うことすらできないような非力な非戦闘員たちまでも、一方的に殺戮(さつりく)する光景を目の当たりにすると、さすがに心が揺れ動いた。
生きたい。
自分がダメでも、せめて、自分の大切な誰かだけでも、生かしたい。
そう思う気持ちは、人間も、魔物も、亜人種も、なにも変わらないのではないかと思えてくる。
だが、エリックがそんな葛藤(かっとう)にさいなまれようと、今さら、どうすることもできない。
すでに、ヘルマン神父や教会騎士団が言うところの[清浄化]は完了し、魔王の城館の中に避難していた魔物や亜人種たちはもう、みんな動かないからだ。
あと、残すところは、1つだけ。
魔王・サウラが鎮座しているはずの、その玉座の間だけだった。
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