・第5話:「魔王軍包囲殲滅戦:2」

 人類軍の作戦目的は、単純なものだった。


 包囲殲滅(ほういせんめつ)。

 魔王城に立て籠もった、約5万の魔物と亜人種たちは、1匹、1人残らず、皆殺し。

 戦闘員、非戦闘員、老若男女、大人も子供もかまわず、絶滅させる。


 なぜなら、それらは人類にとっての脅威だからだ。

 魔王・サウラに率いられた魔王軍は、一時、世界の大半を支配するまでにその勢力を膨れ上がらせ、その支配の下で多くの人間たちが犠牲となった。


 ここで、徹底的に、彼らが存在した痕跡すらも残さずに殲滅(せんめつ)させる。

 そうして、二度と、魔物や亜人種たちが、人類にとっての脅威とならないように、将来への禍根(かこん)を完全に断ち切る。


 それでも、いつかまた、魔王は復活し、人類にとっての脅威となるのに違いない。

 それが、この世界でくり返されて来た歴史だ。

 だが、数十年か、うまくすれば数百年も続く平和のために、人類軍は魔王軍に対し、一欠けらの容赦もなく対処する腹だった。


 滅ぼさなければ、滅ぼされる。

 魔王軍と人類軍との戦いは、そういった性質を持つ、陰惨(いんさん)な絶滅戦争だった。


 上空を完全に支配され、動きを見せれば竜(ドラゴン)に焼かれる、そんな状況に置かれた上に大半の兵器類を失った魔王軍は、それでも頑強に抵抗して来た。

 魔物と亜人種たちは積み上げられた瓦礫(がれき)によって複雑な迷路と化した魔王城の内部に潜み、突進してくる人類軍を待ち伏せていた。


 魔王城に籠もっている魔物や亜人種たちは、元々そこに住んでいた者たちもいたが、半数以上は魔王軍の侵攻作戦に参加し、そして、人類側の反攻作戦によって追い散らされて来た敗残兵たちだった。

 彼らは戦闘経験豊富な優れた戦士たちだったが、長い距離、長時間の敗走により疲弊(ひへい)しており、負傷兵も多い。


 だが、魔王軍の抵抗は執拗なものだった。

 魔王軍はたとえ負傷者であっても動ける者はみな戦いに参加し、通常であれば非戦闘員とみなされるべき老人、女子供までもが戦闘に加わった。


 人類軍の損害が、増えていく。

 魔王城の外郭から、中枢へ、わずかに迫るたびに死傷者が生まれ、何人もの兵士たちが倒れていく。


 それでも、人類軍は前進をやめなかった。

 敵の、そして同胞の死体を踏み越え、瓦礫(がれき)を乗り越え、血だまりを泳ぐようにしながら、魔王城の奥へ、奥へと進んでいく。


 まるで、どちらも、狂気に侵(おか)されたように。

 魔王軍は魔王の名を叫び、人類軍は聖母の名を叫びながら、ひたすらに殺し合う。


 その凄惨(せいさん)な殲滅戦(せんめつせん)は、やがて、人類側に有利に傾いていった。


 魔王城はその中央部付近で東西に分けられた特殊な構造を持つ堅固な城塞都市だったが、人類軍はその数を生かして、全方向からの一斉攻撃を行っていた。

 このため、魔王軍はどこに防衛の重点を置いてよいのか判断することができず、上空を制圧されたことで兵力の移動や集中を実施することもできず、結果、戦いは正面からのぶつかり合い、消耗戦の様相となっていた。


 つまり、数が物を言う。


 たとえ、魔物の1匹、亜人種の1人が倒れる間に、人類軍の2人、3人が倒れようとも。

 人類軍はその同胞の屍(しかばね)を乗り越え、目の前にあらわれた魔王軍の息の根を確実に止めていった。


 特に、戦況を決定づけたのは、魔王城を東西に分けている巨大な峡谷上にかかる3本の橋を、上空から挺身攻撃した人類軍の部隊が占領したことだった。


 3本の橋の内1本はそこを守っていた魔王軍によって破壊されてしまったが、人類軍は2本の橋を確保することに成功し、そして、東西に分かれた魔王軍を完全に分断することに成功した。

 上空を制圧され、元々自由な身動きの取れなかった魔王軍だったが、これによって東西でも分断され、それぞれ個別に殲滅(せんめつ)されていくこととなった。


 やがて、多くの犠牲の後に、人類軍は魔王城の大半を制圧し、掃討戦へと移行した。


 早朝から始まった戦いは、正午に至る前にはほとんど決着がつき、魔王軍の抵抗は下火となった。

 隠れ潜んでいた魔物や亜人種たちも、掃討戦を行う人類軍によって次々とあぶり出され、その場で捕虜となるか、処刑されていく。


 残されたのは、魔王の住む城館だけ。

 生き残った魔王軍は城館の門を固く閉ざし、あくまで徹底抗戦するつもりであるらしかった。


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 第一梯団、そして第二梯団の兵士たちによって確保された道を、勇者・エリックとその一行は、第三梯団の精鋭たちと共に進んでいた。


 辺りには、むせかえるような血の臭いと、肉が焼けこげる悪臭が充満している。

 足元には、倒れたままの遺体が転がり、石畳の上には流されたばかりの鮮血が川となっていた。


 吐き気をもよおすような光景だった。

 だが、エリックたちは、表情ひとつ変えずに、整然と進んでいく。


 こういった戦場を見るのは、これが初めてではなかった。

 人類と、魔物・亜人種、互いの存亡をかけた絶滅戦争を戦って来たのだから、エリックたちにとっての戦場は、どこでも似たり寄ったり、[こんなもの]だったのだ。


 エリックの心の中には、魔物や亜人種たちへの慈悲の心が、確かにあった。

 だが、今となっては、その気持ちは、取るに足らないものに過ぎなかった。


 すでに、戦いは始まり、そして佳境にさしかかろうとしているのだ。

 今さら引き返すことも、躊躇(ためら)うことも、もはや意味をなさない。


 血は流され、そして、失われた命は、二度と戻っては来ない。


 魔王城の中枢、魔王の住む城館へと向かっていくエリックたちの横を、捕虜となった魔王軍の兵士たちが、力なくうなだれながら通過していった。

 負傷した者ばかりで、まともな治療もされていない彼らは、皆、絶望したような暗い目をしながら、監視についた人類軍の兵士たちの手によって歩かされていく。


 彼ら、捕虜の運命は、決まっている。

 捕虜は武装を解除され、一か所に集められ、そして、人類にとって少しでも有益なものがあれば根こそぎ奪い取られ、最後には[処分]される。


 人類に、彼ら、魔物や亜人種たちを生かしておく意志は一切なかった。

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