・第3話:「かけがえのない仲間:2」

 その少女は、暖をとるのとスープを煮込むための焚火(たきび)を挟んで、エリックの反対側に、ひっそりと腰かけていた。


 ミディアムの長さに切りそろえられた灰色の髪に、薄いスミレ色の瞳を持つ、スレンダーで華奢な身体つきの、どこか儚(はかな)そうな雰囲気を持つ少女だった。


 彼女の名前は、リディア。

 勇者と対になる存在、[聖女]として聖母に選ばれ、エリックたちと共に魔王軍と戦って来た少女だった。


 リディアは、美味しそうに食事をしていたエリックのことを、じっと見つめていた様子だった。

 だが、エリックがそれに気づくとすぐに顔をそらし、まるで自身の表情を隠すように、顔をうつむける。


 エリックには、焚火(たきび)の炎と煙で遮(さえぎ)られて、一瞬だけ見ることができたリディアの表情がどんなだったか、わからない。


 エリックは、この、リディアという少女のことが、ずっと気になっていた。


 リディアはよく、じっと、エリックの顔を見つめていることがある。

 だが、エリックがそれに気がついたり、リディアのことを見つめ返そうとしたりすると、こうやってすぐに顔をそらしてしまう。


 エリックは、リディアと話したことがないわけではなかった。

 彼女はエリックが話しかければ、短くとも必ずなにかしらの反応を返してくれるし、敵と戦う際の連携もうまく取れている。


 だから、嫌われているわけではないと、思う。

 だが、リディアがなにを思っているのか、エリックはほとんど知らないまま、ここまで旅を続けてきてしまった。


 リディアは、勇敢な少女だった。

 勇者と共に聖母から聖剣を与えられている彼女は、エリックと並んで剣を振るい、常にお互いの背中を預け合って戦って来た。


 旅の途中、魔王軍の待ち伏せに遭って他の仲間と分断され、エリックとリディアは2人だけでピンチを乗り越えたことだってある。


 エリックは、リディアのことをよく知るいい機会だと思って、2人だけでいる時にいろいろ話しかけたりしてみたことがある。

 だが、リディアはいつも言葉少なで、エリックのことは無視しないものの、あまり深く話し合おうとは、決してしなかった。


 なんだか、意識して、[あまり深い関係にならないように]しているようにも思える態度だった。

 ただ、エリックが、仲間とはぐれてしまって心細そうにしているリディアのことをなんとか励(はげ)まそうとした時に一瞬だけ見せてくれた小さな微笑みは、印象的なものだった。


(結局、リディアとは、あまり仲良くはなれなかったな)


 エリックは、そんな、少しだけ残念に思うような気持を抱きながら、また食事へと戻り、固焼きのパンをちぎってスープの中へと浸した。


 互いにあまり話したことこそないものの、エリックは、リディアとの間に仲間としての絆は確かに存在していると感じている。

 彼女はいつでもエリックの背中を守ってくれたし、いつでもエリックや仲間たちからの信頼にこたえてきた。


 そのおかげで、エリックたちはこれまで、1人も欠けることなく旅を続け、魔王軍を追いつめることができたのだ。

 これまでリディアとあまり深く話し合うことができず、このままお別れになるかもしれないということは確かに心残りに感じてはいたが、エリックにとっては彼女も大切な、信頼する仲間の1人だった。


 エリックにとって、今、この場所にいて、同じ焚火(たきび)を囲み、同じ食事をしている5人の仲間は、全員、かけがえのない仲間たちだった。


────────────────────────────────────────


「さぁ、いよいよ、明日は決戦ですぞ」


 食事を終え、デザート代わりのドライフルーツを全員で分け合いながら楽しんだ後。

 ついさっきまで上機嫌で飲酒していたヘルマン神父が、唐突に真剣な表情と口調になってそう切り出した。


 その言葉を聞いて、エリックは、思わず身体をこわばらせ、唇を引き結ぶ。


 明日。

 夜明けとともに、30万の人類軍は、魔王城に対して総攻撃を開始する。

 そう、前日の軍議で決定されているのだ。


 いわば、今日のこの食事は、エリックたちにとって最後の晩餐(ばんさん)だった。


 これまで、共に、1人も欠けることなく旅を続けてきた、仲間たち。

 だが、明日、魔王城へ、そして魔王・サウラと戦うことになれば、全員が生きて帰って来られるとは限らない。


 魔王軍は連日続けられた人類軍の投石攻撃にも一切反撃することなく、じっと、城壁の影に隠れて息をひそめている。

 それは、人類軍が攻め寄せてくる瞬間に備えてじっと力を溜めているようにも思える。

 投石攻撃によって魔王城の防御にはかなりのダメージが生じているはずだったが、魔王軍はいくつもの罠を用意して待ち構えているのだ。


 そして、[生還した勇者は存在しない]という事実が、エリックの心の中に重くのしかかっている。


 魔王が生まれ、魔物と亜人種が手を組んで人類の脅威となったのは、実はこれが初めてのことではなかった。

 歴史上、何度も、何度も、不定期に魔王と勇者の戦いはくり返されて来た。


 その度に、人類は勝利してきた。

 聖母の加護の下に果敢に戦う勇者によって魔王は必ず倒され、聖母の名の下に、人類の歴史は今日まで引き継がれている。


 だが、魔王との死闘の果てに、勇者は常に倒れてきた。


 それだけ、エリックがこれから挑まなければならない魔王という存在は強大であり、エリックが勇者として果たさなければならない役割は、重大なものだった。


「祈りましょう。明日の勝利を。我らをお導きくださる、聖母様に」


 ヘルマン神父は厳かにそう言うと、首飾りを手に取って自身の額の高さにまでかかげ、真摯(しんし)な祈りをささげた。


 それにつられて、エリックも、バーナードも、リディアも、クラリッサも、リーチも、思い思いの祈りを捧げる。


 たとえ、どんな運命が自分に待ち受けていようとも。

 エリックは、この世界を、人類を救って見せるつもりだった。

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