・第2話:「かけがえのない仲間:1」
勇者を待っていた夕食は、戦地でのことでささやかではあったが、暖かなものだった。
メニューは、塩をきかせて固焼きにした保存用のパンと、乾燥させた野菜とベーコンなどを一緒に煮込んだスープ。
すべて、他の兵士たちが食べているものと同じ材料で作られた食事だった。
人類の命運を握る勇者とその一行のための食事にしては、質素に過ぎるものだった。
なぜこうなっているかと言えば、エリックをはじめ、一緒にここまで世界を救うための旅を続けてきた仲間たちが希望して、あえて特別扱いをしないで欲しいと頼んだのだ。
バーナードが言ったように、ここに集まった人々は皆、世界を魔物たちの脅威から守るのだという、共通した意志を持っている。
エリックたちからすれば、たとえ自分たちが聖母によって選ばれた勇者とその一行であろうと、同じ志を持った他の兵士たちより特別扱いされるべきではないという気持ちだった。
だが、実際のところ、エリックたちの食事は、他の兵士たちが口にするものより数段、味が上ではあった。
旅の仲間の1人が、優秀な料理人でもあるおかげだった。
「はいよ、勇者様。たーんと、おあがりよ」
そう言って優しそうな笑みを浮かべながらスープの器を差し出して来たのは、旅の仲間の1人、魔術師のクラリッサだった。
クラリッサは、人類社会でもっとも有名な魔法学校(アカデミー)の最年少の教授で、その豊富な才能と知識で名を知られていた。
長くのばした黒髪にルビーのようにも思える瞳の持ち主で、年齢はエリックよりも10歳も上の28歳だったが、童顔と厚ぶちの眼鏡のおかげで実際よりも幼く見える。
彼女はエリックが勇者として選ばれた際に、その若さと才能を見込まれて旅の仲間に選ばれた1人で、これまでの戦いでその魔法の力でいくつものピンチを救ってくれた。
なにより旅の仲間にとってありがたかったのは、薬剤の調合などの経験からクラリッサは料理も上手で、旅の間の粗末な材料しか手に入らないような状況でも、一行に常に美味しい料理を食べさせてくれたことだった。
「ありがとう、クラリッサ姉さん」
エリックは感謝と尊敬の念をこめてそう言いながらスープを受け取ったのだが、クラリッサは不服そうにエリックのことを睨み、唇を尖らせる。
「また、姉さん、だなんて。……あたしはまだ30前だよ? 今度また姉さんだなんて呼んだら、アンタのスープの具材だけ減らしちゃうよ? 」
どうやら、クラリッサは年上に見られることが嫌なようだった。
「ははは! クラリッサ嬢にかかれば、勇者殿もかたなしですな! 」
エリックが困ったような顔をすると、先にスープを受け取って食事をしていた男性が楽しそうな様子で笑いだした。
男性の名前は、ヘルマン。
聖母に仕える聖職者、神父の1人で、エリックの旅に同行している中ではもっとも年長の、40代前半ほどに見える男性だった。
ヘルマンは、白髪交じりの黒髪をオールバックにし、[自分は視覚に障害があるから]と、昼でも夜でも濃い色のサングラスを身に着けている、長身の男性だ。
神父の衣装に、聖職者らしく、聖母を象徴する紋章をあしらった首飾りを、いつも肌身離さず身につけ、時折静かに聖母へと祈りを捧げている。
元々は、聖母に勇者として選ばれたエリックの身元を保証し、聖母を支える教会組織との連携を円滑にするために同行していたヘルマンだったが、彼は聖職者として様々な聖母の加護をもたらして一行を助けるのと共に、剣を片手に直接魔物たちと戦うという、前衛としての側面も持つ。
年長であることと敬虔な聖職者であることで常に穏やかさと冷静さを示して来たヘルマンは、一行にとって心の支えにもなってきた。
「まったくですな! ハハハッ、勇者様にも勝てないものがあるとは! 」
続いて笑い声をあげたのは、リーチという名の、30代後半だと自称している男性だった。
リーチは、元盗賊で、罪に問われて刑罰を受けそうになったという過去を持つ、異色の仲間だった。
手入れが行き届いておらずボサボサの黒髪に茶色の瞳、浅黒く日焼けした肌の小男だが、その身体は筋肉質で、素早い身のこなしと罠などを解除する器用さをあわせもつ。
幼いころから盗みを働きながらすさんだ生活を送って来たという過去からか、リーチの歯は数本抜け落ちていた。
リーチは、最初から勇者と共に旅をしていた仲間ではなく、途中から加わった。
罪に問われそうになっていたところを勇者であるエリックによって救われ、以来、改心して、常に旅の手助けをしてくれた。
その出自から言って信頼のおける人物とは言えなかったが、それでもリーチは彼なりに勇者への恩義を果たそうとしているらしく、盗賊としての経歴を生かし、一行が進む先に危険がないかを探ったり、しかけられた罠を解除したりと、重要な役割を果たしてきている。
ヘルマン神父と元盗賊のリーチが笑っているのは、少し酒が入っているためでもある様子だった。
2人の近くには素焼きのゴブレットが置かれ、どこから調達してきたのか、葡萄酒(ワイン)が入った壺もある。
「はいはい、2人とも、大人なんだから。あんまり飲み過ぎないように」
「ええ、心得ておりますとも」「へへっ、かしこまってまさぁ! 」
旅の一行の胃袋を掌握しているために、どういうわけかすっかり[おかみさん]的なポジションにいるクラリッサに言われると、酔いどれの中年2人はおどけたようにうなずいてみせ、またゴブレットに酒を注いで仲良さげに乾杯する。
そんな2人の愉快な様子に思わず微笑みを浮かべながら、エリックは先にスープを受け取って食べ始めていたバーナードの隣に腰かけ、自身もスプーンを手に取って一口、スープを口に運ぶ。
塩加減がちょうどいいだけでなく、クラリッサが持参した[秘密のスパイス]の刺激的な風味が食欲をそそり、エリックは夢中になって2口、3口とスープを口へと運んでいく。
それから、パンを手に取ろうとしたエリックだったが、そこで、1人の少女と視線が合ったことに気づいて、思わず食事の手を止めてしまっていた。
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