[完結]魔王を倒したら「もう用済みだ」と言われ、信じていた仲間に裏切られた元勇者ですが、黒魔術で魔王と一緒に復活したので復讐しようと思います

熊吉(モノカキグマ)

:序章 「魔王軍包囲殲滅戦」

・第1話:「丘の上」

※作者より

 PV等を観察している限り、13話辺りまで飛ばしてから読んでいる方がけっこう多いようですので、もし早く[復讐の始まりが見たい」という方はそこまで飛ばしていただいた方がいいかもしれません。


 もちろん、本話からそれまでの間にも熊吉なりの意味は込めているのですが、読者様に楽しんでいただけなければ、小説としてはお話になりませんので・・・。


 エリックが復讐を遂げるその時まで、お付き合いいただけますと幸いです。

 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。


 以下、本編です。

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 魔王・サウラによって率いられた魔王軍は、一時、世界の大半をその手中へと納めた。


 多くの魔物、そして神から地上の世界の統治を任された不老不死の[聖母]の加護を受け入れない亜人種たちによって作られた魔王軍は、戦争の当初、各地で人類側の軍隊を打ち破り、その支配地を着実に広めていった。


 魔王軍に支配された地域では、人間は弾圧され、多くの人々が処刑され、あるいは強制労働させられ、奴隷同然の扱いを受けて、数えきれない人々が犠牲となった。

 世界のあちこちに難民があふれかえり、人々は絶望に包まれていた。


 だが、人々の前に、希望があらわれた。

 地上を統べる者として人類に加護を与えてきた聖母によって、人類を救うべく1人の勇者が選ばれ、立ち上がったのだ。


 その勇者の名前は、エリック。

 彼は今、魔王軍との雌雄を決するべく、魔物たちの本拠地である[魔大陸(セルウス・テラ)]へと逆侵攻した人類軍と共に、魔王軍の敗残兵たちが立て籠もった魔王城を、少し離れた丘の上から見おろしていた。


 エリックは、神話の世界の英雄が現実にあらわれたのかと人々に思わせるような容姿を持っていた。


 美しい金髪に、透き通った、強い意志をやどした碧眼。

 その顔立ちは均整がとれて整い、その肉体は鍛え抜かれて、わずかな無駄もなく引き締まっている。


 魔王を倒すための力として聖母から授けられた[聖剣]を携(たずさ)え、魔法の力を宿して淡く輝く白銀の鎧を身につけ、憂いの込められた表情で魔王城を見つめるその姿は、宮廷画家たちがこぞって自らの絵の題材にしたがるような光景だった。


 勇者の視線の先には、度重なる敗北によって弱体化したとはいえ、未だに強力な戦力を有し、徹底抗戦の意志を見せる魔王軍が立て籠もった魔王城がその威容を誇っている。


 魔王城は、それ1つが巨大な都市であると言えるような、巨大な城塞だった。

 聖母の加護が得られないために乾燥し、不毛な荒野となっている魔大陸(セルウス・テラ)のほぼ中心部分にある魔王城は、多くの魔物、そして聖母の加護を受け入れない亜人種たちにとって最大の街であり、魔王軍がその自らの棲み処を守るために、ひたすら増改築をくり返して来たという経緯を持つ。


 聖母が鎮座している[聖堂]と比較すれば見劣りはするものの、十分に壮麗な魔王の城館を中心として魔王城は形作られ、東西南北に広がっている。

 その時々の都合によって増築されて来た魔王城の構造は複雑で、幾重にも張り巡らされた城壁はその高さも厚さもマチマチであったが、荒野から得られる唯一のまともな資源である石でできているという点は共通している。


 もっとも大きな特徴は、魔王城の中央付近を南北に貫く巨大な峡谷だった。

 これは、かつて聖母の怒りによって生み出されたとされる地形で、魔王城を東西の2つに引き裂いたが、魔王軍はこれを橋でつなぎ、今では魔王城を大きく2つの区画に分ける堀として防御に活用している。


(戦えば、大きな犠牲が出るだろう)


 勇者が憂えていたのは、そのことだった。


 魔王城の周囲には、勇者と共に魔大陸(セルウス・テラ)へと侵攻してきた、人類軍の大軍があり、魔王城を完全に包囲している。

 その数は、30万にも及ぶ。


 魔王軍の侵攻に抗い続けてきた、人類側の諸侯が率いる軍勢。

 勇者・エリックの下に集まり、自ら武器をとって戦士となった志願兵たち。

 そして、聖母を頂点とし、実質的に人類全体を統治している[教会]を守護し、魔物たちと戦うことを使命とする[教会騎士団]。


 魔王軍を追いつめた人類軍は、魔王軍が立て籠もる魔王城を包囲し、その周辺にいくつもの投石機を設置して、すでに1週間以上にもわたって魔王城への投石攻撃を続けている。

 だが、魔王城の城壁は投石によっていたるところで破壊されてはいるものの、魔王城の守りはその巨大さと東西に分かれているという特徴ゆえに未だに堅固なままだった。


 戦えば、勝てるだろう。

 エリックにはそんな予感があったが、しかし、魔王城が未だに堅固な守りを維持している以上、勝利の代償として失われる犠牲者の数は、かなりのものとなるはずだった。


 犠牲となるのは、兵士たち。

 彼らは皆、世界を救うために、命を懸けると決意して、この場にいる。


 だが、エリックにとっては彼らもまた、[勇者として救うべき人々]に違いなかった。


「エリック。また、ここにいたのか」


 人類側の投石機の攻撃に反撃をすることもせず、じっと息をひそめている魔王城を見つめていたエリックに、親しそうな声がかかった。


 エリックが視線を向けると、そこには、1人の騎士が立っている。

 エリックと共に魔王軍と戦って来た大切な仲間であり、エリックにとっては兄とも、親友とも呼べる、そんな存在だった。


「ああ、バーニー。……どうしても、気になってしまって」


 エリックはその騎士、バーナードを愛称で呼ぶと、わずかに微笑んで見せる。


「……しかたのないことさ。それに、ここにいるみんなは、もう、戦う覚悟はしてきているはずだ」


 それだけで、バーナードにはエリックの言いたいことが伝わった様子だった。

 バーナードは風にマントをたなびかせ、重厚で精巧な作りのプレートアーマーを鳴らしながらエリックの隣に立つと、先ほどまでエリックがしていたのと同じように、魔王城を見おろす。


 その姿は、エリックに劣らず、絵になるものだった。

 バーナードは、もしエリックが聖母に勇者として選ばれなければ、代わりに勇者として選ばれていたかもしれないという経緯の持ち主で、エリックと同じかそれ以上の高潔さと勇敢さを持っている。

 その顔立ちも均整がとれていて、茶色の髪に琥珀色の瞳と、エリックの容姿よりも目立ちはしないものの、若干大人びて落ち着きが備わったものだった。


「エリック。聖母様に勇者として選ばれたのは、お前だ。……だが、お前は1人で戦っているわけじゃない。オレも、そして、ここにいる全員も、世界を救いたいという意思は同じなんだ」

「わかっている。……わかっては、いるんだ」


 それでも、エリックの憂いは晴れなかった。


 そんなエリックの方を振り返り、バーナードは、ふっと笑う。


「エリック。お前は、優しいな」


 その言葉に、エリックは無言のまま、なにも答えない。


 エリックが、兵士たちの犠牲を恐れているというのは、本当だった。

 だが、エリックが考えていたのは、兵士たちのことだけではなかった。


 魔王城に立て籠もる、魔王軍。

 途切れることなく飛来する投石にもじっと息をひそめて耐えている、エリックが滅ぼすべき敵。


 その中にも、まだ戦う力のない子供や、非戦闘員たちがいるのに違いない。


 だが、エリックは、そんなことはとても言い出すことができなかった。

 たとえ相手が親友であろうと、誰であろうと。

 エリックは、人類を救うために選ばれた勇者であって、そのために戦ってきたのだから。


「行こう、エリック。もうすぐ夕食の時間だぞ。みんなが待っていてくれる」


 そんなエリックの肩をぽんと叩くと、バーナードははげますようにそう言って、去っていく。


 エリックは去っていくバーナードの背中を見送り、そして、もう一度魔王城の方を振り返ってから、ゆっくりとした足取りで丘の上を降りて行った。

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