【「指輪物語」を読もう】アングマールの魔王 VS 小さい人族の戦士メリー&盾持つ乙女エオウィン

「指輪物語」には名勝負が数多あまたありますが、個人的にベストバウトに挙げたいのは、魔王対メリー&エオウィンです。

 この戦いはマイア級神クラスの敵を自由の民が討ち果たすという途方もない戦果を上げた戦いであり、見所の多いバトルではあるのですが、日本語の翻訳というか、言語の壁によって、ツッコミどころの出ている戦いでもあります。


 まずは、タイトルに挙げている三者について説明しましょう。


 アングマールの魔王。冥王サウロンに支配された指輪の幽鬼の一人です。その出自は黒きヌメノール人だといわれ、偉大な王にして魔術師だといいます。

 魔王はWitch-kingの訳語であり、魔術王というニュアンスでしょうか。Witchは魔女と訳されることが多いですが、本来は女性とは限らない言葉です。


 その名は、突如として北方で轟きました。ヌメノール人(ドゥネダイン)の王国であるアルノールに対して、魔国アングマールという国が勃興したのです。アングマールはアルノールの分裂に漬け込み、瞬く間にアルノールを滅ぼしました。

 その後、ゴンドールの派兵により、魔国アングマールはあっさり滅びますが、ゴンドールから王が消える原因も作っています。

 ターゲットを滅ぼしたのち、国そのものとともに姿を消す。実に不気味な存在です。

 その後、九人の指輪の幽鬼ナズグルの首領としてゴンドールと戦い、その主要都市をいくつも奪い、ゴンドールは後退を余儀なくされ続けました。


 やがて、指輪が発見されると、黒の乗り手として探索に向かうも、アラゴルンやグロールフィンデルの活躍、フロドの予想外の強靭さによって失敗します。

 指輪戦争が起きると、暗黒の軍勢を率いてゴンドールを包囲。もはや、自由の民の運命は風前の灯でありました。


 続いて、メリーです。

 本名はメリアドク・ブランディバック。バック郷の館主の息子として生まれ、後に自身も館主となります。

 バック郷はホビット庄でも独立した気風の強い地域であり、館主は領主ロードと呼ぶべき存在です。ホビットの気質的に、緩やかなものなんでしょうけど。


 メリーはホビットの中で唯一、ビルボが魔法の指輪を持っていることに気づいていました。やがて、フロドがその後継者となり、指輪を巡る運命に巻き込まれると、彼が旅立つことを悟り、フロドを守るための陰謀を張り巡らせます。

 そして、魔王率いる黒の乗り手の裏を突いて、フロドともに逃避行に出ます。逃避行はやがて指輪を捨てるための旅に変わり、フロドと別れるといくつもの戦いに巻き込まれました。

 戦いの中で、馬のつかさローハンのセオデン王に仕えますが、ゴンドールでの決戦には置いていかれます。そんな彼を一人の騎士が戦いにいざなうのでした。


 最後はエオウィン姫。セオデン王の姪に当たります。

 勇猛な性格で、武芸を好み、戦場でいさしおを立てることを夢見ていました。そのため、盾持つ乙女と呼ばれていましたが、女性であることから戦いに出ることは許されません。

 ローハンとアイゼンガルドで戦争が起きると、非戦闘員を率いて国民を避難させる役割を担います。


 エオウィンもまたゴンドールでの決戦に赴くことは許されず、再び国民を守る役割を与えられました。ですが、男装してデルンヘルムを名乗ると、同じ境遇のメリーを連れて、ローハン軍に同伴します。


 こうして三者はゴンドールのペレンノール平原に集結しました。


 アングマールの魔王にまつわる予言があります。

「not by the hand of man will he fall」というもので、「何人なんぴとも彼を討ち果たせるものはいない」と訳されるべきものです。ただ、事情があり、「彼は人間の男の手では討ち果たされない」と訳されています。


 アングマールの魔王は不死身であり、ガンダルフをも圧倒し、セオデン王に死を与えます。兵士たちは魔王の恐怖に支配されて、誰も敵することができません。

 そこで立ちはだかったのがエオウィン姫でした。魔王の乗馬である怪鳥を殺すと、魔王と対峙しますが、圧倒的な力に屈服します。

 そこに乱入するものがありました。エオウィンの奮闘を見て勇気を振り絞ったメリーです。メリーの手には塚山出土の短剣が握られています。


 塚山出土の短剣とは、魔王に滅ぼされたアルノールの刀鍛治が打った剣です。

 刀鍛冶はアングマールの魔王を呪い、その怨みを剣に込めました。剣は魔剣となり、魔王の不死身の呪術を撃ち砕く力が込められています。数奇な運命の末に、メリーの手にこの魔剣が渡っていたのは果たして偶然でしょうか。

 メリーは魔王の膝の裏に魔剣を突き立てました。そして、偶然にも魔力の筋とでもいうべき箇所を傷つけ、魔王は不死身の力を失います。

 その隙に気づいたエオウィンは魔王の首を斬り落とし、奇跡的な勝利を得ました。


 こうして、人間ならぬホビットのメリー、男ならぬ女のエオウィンによって、不死身の魔王は討ち果たされたのでした。予言は成就しました。


「人間の男の手には〜」などというまどろっこしい訳はこのオチのために必要なものなのでした。

 Manは人間とも男とも読めますし、ホビットやほかの種族を含めても不思議ではありません。ですが、人間にはそんな意味はありません。

「何人にも殺されない」と訳して、「私は女よ」で殺せてしまうと意味が通らないのです。

 また、魔王は「人間の男」以外になら殺されるという誤解も発生し、やたら弱点の多いやつという印象を待つ人も出てきました。

 言語の壁というのは難しいものです。


 とはいえ、アングマールの魔王はこの時は冥王サウロンから直々に力を与えられており、イスタリ(受肉したマイア)であるガンダルフにも優る力を示しています。

 ちっぽけなホビットと戦いに向かないとされる女性の二人で、それほどの敵を相手にし、さらに勝利したというのは快挙といえるでしょう。

 素晴らしい勝利です。皆さん、喝采しましょう。

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