羊が野生化して肉食になることが私の夢です

「チリンの鈴」という物語があります。

 やなせたかしの絵本を原作として、サンリオからアニメ映画にもなりました。


 あらすじをかいつまんで記載します。(普通にネタバレします)。


 子羊のチリンは牧場でお母さんと一緒にのんびり暮らしていました。ところが、ある晩、狼が牧場を襲い、お母さんはチリンをかばって狼に殺されてしまいます。

 復讐を誓ったチリンは牧場を抜け出し、狼のもとに走りました。しかし、まったく相手にされず、狼のウォーからは「まるまる太ったら食べてやる」とあしらわれる始末です。興奮したチリンはウォーに弟子入りを申し出て、自分が狼になったらお前を殺すと啖呵を切りました。


 最初のうちはチリンを煙たがり、遠ざけようとしていたウォーでしたが、チリンの必死の思いを目の当たりにし、とうとう弟子入りを認めます。

 修行は過酷を極めました。次第にチリンの角は伸び、正面の相手を貫くようにまっすぐに伸びていきます。蹄は鋼鉄のように固くなり、岩をも砕きました。

 チリンの復讐は今にも果たせそうでしたが、チリンはウォーを父のように慕うようになっており、共に生きていこうと誓い合います。


 ある晩、二匹は牧場を襲うことにしました。

 チリンは瞬く間に番犬を片付け、羊小屋へと近づきます。そこで見たのは、子羊をかばう母羊の姿でした。自分のお母さんの姿がフラッシュバックします。

 チリンは迷い、「僕は羊だ」と宣言すると、ウォーに戦いを挑みました。やがて二本の角はウォーの身体を貫きましたが、ウォーは満足そうに「俺を殺したのがお前でよかった」と死んでいきます。


 その後、おぞましいけだものとなったチリンは羊たちに受け入れられることもなく、父と慕っていたウォーも失い、孤独のまま、山へと帰っていくのでした。


 やなせたかしはこの物語を発表するにあたり、

「子供たちがやがて大人になり、不条理な社会に接することを考えると、こういう物語があってもいいと思った」

 というようなことを語っています。

 この物語は現実にもある理不尽をテーマにした物語なのです。


 私がこのアニメ映画を見たときには大人になっており、私の周囲では気分の落ち込むことばかりが起きていました。そのせいもあったのか、たちまち夢中になります。

 最初はレンタルで7泊8日分を借り、毎日のように繰り返し観ました。返却しても、まだ観足りなかったので、DVDを購入し、やはり毎日のように繰り返し観ています。


 要するに、私はこの作品が大好きなわけですが、そうなってくると、気になるのがこの作品のあらです。

 物語の根幹である、草食獣である羊が肉食に変貌するという展開、そんなことが実際にあるのでしょうか。

 フィクションの物語が一から十まで現実に即しているのが正しいとは思いませんが、動物をテーマにしたものであれば、その動物の生態に則したものであってほしいという願望があるのです。


 しばらくの間、「チリンの鈴」は面白いけど、動物の生態については大ウソをついているよな、と思っていました。

 そんな私に朗報が飛び込んできました。ウサギが子殺しをするという話を聞いたのです。ウサギはストレスに弱い動物として知られていますが、子ウサギにほかの動物(人間とか)の臭いがついたり、母親の体力が弱っていると、子ウサギを食べてしまいます。

 ウサギは当然ながら草食動物ですが、肉を食べることもできる。それは私の常識を覆す事実でした。


 進化の系譜からすれば、肉食動物と草食動物では、草食動物があとから生まれたと考えるのが自然です。肉(動物)は消化しやすいですが、草(植物)は簡単に消化できるものではありません。

 初めに昆虫などを食べていた肉食動物がいて、虫食いの競争を避けて、どうにか植物を食べようと草食動物が誕生したのでしょう。葉(セルロース)を栄養にするには複雑な消化機構が必要となり、体内に多くのバクテリアを宿す必要がありました。

 そう単純な話ではないのですが、肉食動物と比べ、草食動物はより進化した動物であるということができます。それならば、草食動物が肉食になることは難しいことでないのかもしれません。


 メジャーな例で、食性が変化した動物といえば、ジャイアントパンダでしょう。

 パンダはクマ科の動物であり、当然、肉食であるはずの動物でした。ところが、どういうわけか肉は食べず、笹を食べて一生を終えます。

 とはいえ、羊を襲って食べたというニュースがあったり、飼育下では肉を食べさせることも多く、肉体的には肉食動物のままのようです。


 同じように、草食動物であっても、実際には植物性以外の食物を食べているケースは多くあります。前述したウサギの話もそうですし、草を食べるということは草に生息する虫を食べるということでもあります。

 羊は4つの胃を持つ反芻動物でもありますが、反芻動物は体内で大量のバクテリアを飼い、その死骸をタンパク質として体内に吸収しています。


 結局、肉食と草食、そこに断絶した境界などなく、グラデーションのように曖昧にその差が生まれているだけなのです。


 ということは、当然、羊が野生化した際に肉食になることもありうる話で、「チリンの鈴」は荒唐無稽な夢物語であるとも言い切れないでしょう。

 読者の方の中で、実際に羊が野生化して肉食になったよ、という事案をご存知の方は教えていただけると幸いです。それで、私の夢のうちの一つが叶うことになりますから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る