関羽と張飛が劉備を殺そうとした話

 三国志を題材にした民間説話(要するに昔話)に、こんなエピソードがありました。


 肉屋(※注1)の張飛ちょうひと行商人の関羽かんうはちょっとしたことで大ゲンカになります。それを諫めたのはたまたま通りがかった劉備りゅうびでした。両者の正拳が互いの顎を砕かんとしたその瞬間、劉備はふたりの間に割って入り、その両拳を軽々と受け止めます。

 関羽と張飛は彼の振る舞いに感心し、義兄弟の契りを結ぶのでした。

 ところが! そんな彼らの固い絆が引き裂かれる事件が起こるわけです。


 三人は頻繁に集まっては酒を酌み交わしていました。張飛は羽振りがよく肉屋であったので、いつも肉を振る舞います。関羽は小金持ちで酒を持ってきます。しかし、劉備はしがない草鞋わらじ売りで生活も苦しく、ふたりに奢ってもらうばかりでした。

 来る日も来る日もタダ酒ばかりです。タダ酒とは義兄弟の契りよりも重いもの。関羽と張飛の堪忍袋の緒がとうとう切れました。


 ふたりは一計を案じます。れ井戸に藁をかけただけの席を用意し、酒盛りと称して劉備を座らせ、井戸に落とそうというのです。

 打ちどころが悪ければ死んでしまう、悪質なイタズラです。しかし、劉備を懲らしめるのにちょうどいいと、関羽と張飛はニタリと笑いました。

 ところが、首尾よく劉備を座らせたものの、井戸に落ちる気配がありません。張飛がこっそり井戸を覗くと、なんと黄金の龍が劉備の体を支えているではありませんか。

 これにはふたりも敬服し、再び義兄弟の契りを結びました。


 その後、劉備は関羽と張飛を自宅に招きます。あまりに家がみすぼらしいため、土を入れた袋をたくさん置いて、黄金だと見栄を張ることにしました。単細胞の張飛にさえ簡単に見破られる、こすいウソです。

 案の定バレバレなのですが、関羽は空気を読んで触れないようにします。しかし、空気の読めない張飛はしつこく劉備に食い下がります。とうとう、袋を開けてしまいました。

 そこにあったのは、なんと黄金でした。三人の心がひとつになった(※注2)ために、奇跡が起こったのです。

 三人は近所にある桃園で三度みたび義兄弟の契りを結び、黄金を軍資金にして世直しの戦いに立ち上がったのでした。

 とっぴんぱらりのぷぅ。


 民話ですので史実とは異なりますが、民衆が一般的に考えていた劉備像なのでしょう。なんというか、セコくてこすくて、運命に選ばれただけのダメ人間って感じですね。(実は腕っぷしが強いという取り柄があるのですが)

 そんな劉備がちょっと好きです。





※注1:日本では卑賤な職業とされていた肉屋ですが、肉食文化の根強い古代中国ではむしろ地元の顔役でした。日本でいう地主くらいのニュアンスで受け取るのがいいようです。


※注2:そう書いてあったけど、全然ひとつになってないじゃん。

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