9月16日(木曜) 黄昏④

 〈モヤゾンビ〉の習性について大体の目星を付け終わったところで、俺たちは具体的な行動計画の見直しに入った。


「視聴覚室に入るとこまではいいとして、その後もサノヤスの見た夢をそのまま再現できるかどうかは正直微妙だよな」

「イソッチの無事も確認できたし、同じにできるならそれに越したことないけどねぇ」


 やはり三度目と四度目の間の断絶がネックになった。

 夢の中の行動をトレースしようにも情報が不足し過ぎているため、視聴覚室から出た後の行動はゼロから組み立てることが早々に決まった。

 俺が見た夢の情報だけでは、最後に広瀬と長谷川が何処からどうやって駆け付けたのかもよく分からないのだから、妥当と言えば確かに妥当な判断だ。

 俺個人としては磯辺と一緒に放送室に逃げ込む予定の白峰が、磯辺の隣にいなかったことが気になっていたが、その疑問も有耶無耶になった。

 白峰だけは放送室に残って備えていたのかもしれないし、倉田か、もしくは中原、岩見の二人と合流し、離れた場所で別行動していたことも十分考えられる。

 予想はいくらでもできたが、夢と同じような手順で事を進めることには固執しないと決めた時点で、夢の中の俺たちが選んだ手順の細部に思いを馳せても仕方がない。

 それを当の白峰自身から言われて、俺は言い返すことができなかった。


 放送室の確保は、初期の避難誘導のためにも依然として重要なタスクの一つだった。

 校内放送を使って伝えるべき注意事項には〈ドアを閉めて教室の中に閉じ籠ること〉という指示が付け加えられた。

 物理的な遮断は構造物の強度を問わず、一定の効果を見込めそうだと分かったからだ。

 実際それがどこまで信頼できるかは未知数だが、声を殺してジッとしている限り、視聴覚室や放送室と同じように、避難場所にすることは可能に思えた。

 また、俺たちが視聴覚室で一旦態勢を整えてから、行動を開始するまでの時間は、可能な限り前倒しで行うということも決めた。

 行動を起こすにあたって、校内が静寂に保たれていることは必須だが、外に置かれた生徒にとって、恐怖の中で長時間ただ待ち続けるのは、相当な恐怖と疲労を伴うはずだと思われたからだ。

 かなりの時間を視聴覚室の中で過ごしたと思われる夢の世界の俺たちとは、それでかなり異なるルートを歩むことになる。



「純粋なタイムトラベル物じゃないですけど、やっぱり奇妙な感じしますよねぇ」

「何の話?」


 また話が脱線していきそうな気配がした。

 時間は無駄にしたくないが、磯辺の思い付きが役に立つことも多いので遮ることもためらわれる。


「私たち、佐野先輩の夢を情報源にして最適な方法を考えていってますけど、佐野先輩の夢に出てくる私たちは、最初から〈モヤゾンビ〉のことをある程度知ってるみたいじゃないですか」

「ああ」


 吉岡の相づちには、皆まで言わずとも察しが付いたというニュアンスがあった。

 俺だってそうだ。

 そういったことを考える時間はこれまで幾らでもあったのだ。


「夢の中の私たちは、いつ、どうやって情報を知ったんでしょう? 多分、同じように佐野先輩の夢からだと思うんですけど、そうすると、循環してることになりますよね?」

「まあね」


「私たちは、言ってみればカンニングして、夢で見た世界より良くなる未来を目指してますよね? だから円じゃなくて螺旋状に上っている構図だと思うんです」

「う、うん……?」


「小説やアニメとかだったら、主人公は大抵最後に成功した周回にいて、謎が明かされて終わりになりますけど、いざ、自分がその渦中にいると考えたら、今がスパイラルのどの辺なのか不安になりません?」

「……ちょっとお、怖いこと言い出さないでよ」


「サノヤス、反論」

「何で俺なんだよ」


「吉岡がまた泣くじゃん」

「はあっ? ぶん殴るよ?」


 俺の夢を予知夢だと見なした場合、因果がループ構造に陥ることは俺も分かっていたが、頭が混乱するのでそこまで深くは考えてこなかった。

 故に磯辺のスパイラル説を明確に否定できる説明もすぐには思いつかないし、今が必ず成功する周回だと強弁できる材料もないのだが……。


「そうだな……。影響を受けてるのは一方通行とは限らないって話ならどうだ。白峰があの音の鳴る人形を持ってきたのはずっと前だったけど、それが昨日見た夢に出てきたってことは、逆もあるんじゃないか?」

「あっ。もうすでに私たちの方からも、夢の世界に干渉できてるんじゃないかってことですか? それ、面白いですね!」


 磯辺からの圧が強い。

 俺からもっと面白い話を聞き出そうとするように身を乗り出し、あのキラキラした瞳を向けてくる。

 思い付きで適当なことを言うんじゃなかった。

 こいつは、これで真剣なのだろうが、どこかネジが外れた印象がある。夢が現実になり、自分に危害が及ぶことなど、本当は微塵も信じていないのではないだろうか。


「あっ、じゃあ視聴覚室から出られたのも、もしかしたら放送室のアイデアを見つけたからかもしれないですね。三回目の夢は閉じ込められて立ち往生してるイメージだったじゃないですかぁ? もっと短いサイクルでバトンが回ってたんだ。対話ですね。夢と対話してるんです。

 ああ、じゃあ他の人の夢がバッドエンドなのは、私たちみたいに適当な回避策を思い付けなかったからなんでしょうか。おおぉ、やっぱり対話が大事なんですよ!

 ああ、ヤバイですね。もっとサイクル回したいのにもう時間がないですよ。どうしましょう? ちょっと佐野先輩、今ここで寝てみてもらっていいですか? きっともっと、先輩が沢山夢見るための工夫をすべきだったんですよ。ほら、私たち文化祭の会報誌で──」


「イーソッチ、イソッチイソッチ。落ち着いて」


 何かのスイッチが押されたように、止めどなく喋り続ける磯辺に吉岡が制止を掛けた。


「はい。落ち着きます」


 さすがに暴走し過ぎていたのを自覚したか、磯辺はピタリと喋るのをやめた。


「……それで、放送室にあったスイッチの話なんだけど……」


 何事もなかったかのように先ほどまでの話題に戻って説明を始める白峰。

 俺と広瀬、吉岡の三人は互いに顔を見合わせた。

 お互い思うところは同じだったようで、それで思わず笑い声がこぼれる。


「……明日の放課後、先生に言ってテスト放送を……どうしたの?」

「いや、イソッチもヤベーけど、白峰も大概ブレねーなと思って」

「そうそう。二人見てたら、何か知らないけど何か全然心配いらないって気がしてくる」


 白峰は表情も変えずただ黙ってしまった。

 一瞬、笑われたのを怒って黙ったのかと思ったが、よく観察すると決して不快に感じたのではなく、むしろ自分も笑いそうになるのを堪えているように見えた。


「ほら、駄目ですよ二人ともぉ、白峰先輩の邪魔しちゃあ。時間がないんですからー」

「それ、脱線させた本人が言うなよー!」


 広瀬が大袈裟に突っ込むので、先ほどに輪を掛けた笑いが起こった。

 今度は白峰も声を出して笑っていた。

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