5月24日(月曜) 忍び寄る悪夢④

「オカ研はさ、疎まれるというより、まず知られてないんだよなあ」

「そっか。それはそうですね。私も友達に話したらそんな部活あったの? って反応されました。私は秘密結社みたいで好きですけどねぇ」


「だから廃部になりそうになってるの、イソッチ分かってる?」

「あー」


 明らかに、それは忘れてました、と言うように机に突っ伏す磯辺。

 磯辺に対する第一印象はただの騒がしい女だったが、見ていると一周回ってその騒がしさが愛嬌のように思えてくる。


「ああ、でも。でも先輩。そういう今の状況を作ったのは先輩たちじゃないですか。それを棚に上げて何言ってんですかー」

「ぐっ」


 後輩からの思わぬ反撃に言葉を詰まらせる吉岡。


「まあ、だよなあ。新歓の時にちゃんと募集してれば、今の二年世代も何人か入ってたんじゃないの?」

「それはぁ……、どうかなぁ?」


「そうですよ。白峰先輩と吉岡先輩。二人も美人が揃ってたら、絶対、男子が放っておかないですよぉ」

「あはは、私も美人枠に入れてくれてありがとね。でも、どうかなー。綺麗過ぎると案外男はビビッて寄って来ないもんよ? 特に美尋みたいなタイプには。……あ、玉砕覚悟の記念告り男は多いけどね」


「あー、中学の卒業式、凄かったよあな。順番待ちの列できてたもんな。あの時は俺も記念に並んどこうかと思ったぜ」

「馬っ鹿じゃないの?」


 三人は同じ中学だったのか。

 どうりで気安い感じがしたわけだ。


「オカルト研究会は俺たちが一年のときの部活紹介でも見た記憶がないな。俺は広瀬に聞くまで存在自体知らなかった」

「それ、今年もそうですよ? そもそも入学時のしおりにも、どこにも名前がないんです」

「あ、そうだ。じゃあ、イソッチはどうやってここのこと知ったんだ?」


「職員室にある部室棟のカギの管理簿に名前があったんです。何日か見張ってて、白峰先輩がカギを取りに来る現場を見つけたときは、すっごいドキドキしました」

「やっぱ秘密結社じゃん」


 広瀬の言葉に釣られて笑いが起こる。


「まぁ、うちらの先代からずっと、積極的に勧誘しないのが伝統だったみたいでさ。見つけ出して興味を持った人間だけで細々と続いてたみたいよ?」


 それは本当に学校の部活動と言えるのだろうか。

 こうやって部屋を借りている以上、学校に認められてはいるのだろうが。


「存続できないかもって話、実は去年から先生に聞いてたんだけど、そうなるならそれでもいいかって二人で話してたの」

「じゃあ、なんでその方針が変わったんだよ」


「それはぁ……、なんでだっけ?」


 吉岡が助けを求めて白峰の方を振り返る。


「……私たちがいなくなって、磯辺さんが一人になったら可哀そうじゃないかって、英梨奈が言ったのよ」

「えっ、何それ? 優しくね?」

「えー? そうだっけ? 美尋が言い出したんじゃなかった?」


「違うわ。磯辺さんが来てから二日目の帰りに、下駄箱のところで英梨奈が何だか寂しいねって言ったの……。それが最初。ほら、英梨奈は棒の付いた飴を咥えてた」

「あー……。あの時のは別にそういう意味で言ったんじゃなかったんだけど。……んー、まぁそうか。そうなるのか」


 白峰に言われて何か思い当たる節があったらしい。

 吉岡はしばらく唸っていたが、結局納得したようだった。


「よく分からんけど、よくそんな細かい部分まで覚えてるな。飴咥えてただとか」

「そうなのよ。美尋は昔っからこう。どうでもいいことまで全部覚えててさっ。嫌味な奴なの」


 言葉に反し、笑顔で話す吉岡の声音はとても誇らしげだった。

 その笑顔を向けられた広瀬は上手く返す言葉が思いつかなかったのか、こいつにしては珍しくドギマギと戸惑っているように見えた。

 白峰は……というと窓の方に顔を向けて、我関せずという態度を決め込んでいる。

 いや。もしかしたら、これは、照れている……?

 こういう微妙に会話が途切れたときは、大体磯辺が待ってましたとばかりに、用意していた別の話題を振り、間を繋いでくれるのだが……。


 そう思ってチラリと目を向けた俺の視界に、磯辺が顔全体を紅潮させ、首筋から耳の先まで真っ赤にしている姿が飛び込んできた。

 思っても見なかった光景を前にして俺はギョッと息を飲む。

 よく見ると目元も少し潤んでいるようだ。

 これは……、泣いているのか?

 ついさっきまで楽しげに会話していた磯辺の姿と、今の磯辺が結び付かない。

 なんでだ? 一体いつから、何を切っ掛けに泣き出したのだろうか。声を殺しているということは、本人は泣いていることに気付かれたくないのだろうか。だとしたら、気付かない振りをしてそっとしておくべきか?

 俺が慣れない事態に動転して何もできずにしていると、他の三人も次々にその異変に気付き始めた。


「ちょっとイソッチ大丈夫? 顔真っ赤だよ? 大丈夫だから。うちらが卒業するって言ってもまだ一年近くあるんだし」


 吉岡が磯辺の肩を抱き寄せ、背中をさすって慰める。

 なるほど、二人が卒業することを意識して寂しくなったということか。

 ……いや、まだ春先のこの時期にか?

 女子の感情の起伏がよく分からない。


「あれだろ? ちょっと怖そうな先輩が、実は意外と後輩想いだったってやつ? ギャップ萌え的なさ。それで驚いたんだよな?」

「あー? ちょっと待て。誰が怖いって? 私はいつも優しいだろうが」


 広瀬は和ませようとして茶化し気味に言ったのだろうが、不意に知った優しい気遣いが琴線に触れた、というのはあるかもしれない。


「あの、ごめんなさい。違うんです……。私、お二人が……、吉岡先輩と白峰先輩が、通じ合ってる感じが、とても尊くて、それで感極まっちゃって」


 磯辺は遂に湛え切れずにこぼれ出した涙を、指で拭いながらそう言った。


「えっ? 私と美尋?」

「あー、まさかの百合展開、な」


「いや、なんでよ? そう言うんじゃないでしょ……。えっ……違うよね?」


 やはり分からない。女子の思考回路が。

 というよりこの場合は磯辺が極端なだけか?

 しかし本当にそんな理由で泣き出したのか?


「本当にごめんなさい。私、台無しにしちゃって。こういうの無粋ですよね」

「だからあ! 私と美尋はそういうのじゃありませんーっ!」

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