5月24日(月曜) 忍び寄る悪夢②
部室のドアを開けると、すでに女子三人が揃って話に花を咲かせていた。
白峰はPCデスクの前。吉岡と磯部は隣り合わせに座り、テーブルを挟んでその対面に俺と広瀬が座れるように席が空けてある。
いつもどおりのフォーメーションだ。
「お。いらっしゃい。どう? 佐野。あの夢の続き見た?」
吉岡はあれから毎日、こうやって決まり文句のように訊いてくる。
至って軽い声の調子から、本当に期待しているわけではないのが分かる。ただの調子合わせの、挨拶のようなものだ。
ただし、今日の俺はその挨拶にこう言って応えた。
「ああ、見たぞ」
一瞬の間を置き、四人が一斉に騒めき立つ。
いや。白峰はこちらを見て少し頭を傾けただけで、一言も声を発していないので、騒ぎ立てたというなら正確には三人か。
「嘘。ホント?」
「マジかよ。そういうのは朝会ったとき一番に言えよ」
「どんなでした? やっぱり前回の続きみたいな感じです?」
俺は黙ったまま、机の上に鞄を置き、中からルーズリーフの束を取り出した。
「これに書いといた」
そう言って四人それぞれに一枚ずつ配る。
「凄い。ちゃんと人数分あるんですね」
「どうりで授業中、何かやたら真剣に書いてると思ってたけど、コレだったかぁ」
「これ全部同じ内容? あんた、マメ過ぎない?」
「口で説明するのは大変だからな。疲れるし」
「……凄い。先輩、字キレイですね……」
しばらく会話がやんで静かになった。
ルーズリーフには、夢で見た出来事を順に箇条書きで書き記してあった。
今回の夢は前回よりもかなり長い体感時間だったが、俺自身の感想はともかく、起きた事象だけに絞ると書き出す内容はそう多くはない。
「日付とかの情報はやっぱり無しか」
広瀬が紙を二、三度ひっくり返しながら残念そうにそう言った。
「ああ。視界に映り込まないとどうしようもないしな。ただ、なんとなく秋頃じゃないかっていう気はするけど」
「それも夢の中の自分が知ってる情報って感覚?」
「いや、どうだろう? 俺自身の勘かな? ブレザー着てる生徒もシャツだけの生徒も両方いたし」
「衣替えの期間中なら一〇月くらい? それだけで結構絞れるんじゃない?」
「うちってそんな厳密じゃないよなあ。みんな結構バラバラだし」
「夏に入る前って可能性もあり得ますよね?」
「『マジ4』の発売日が8月だからそれはないって」
「ああ、そうでした」
『マジ4』というのは、自宅に発売前のゲームパッケージがあったという証言で名前が挙がっているゲームのことだ。
皆が見ている夢がいつのことを映し出しているのかは、ネット上でも重大な関心事の一つだった。
だが、信憑性の高い書き込みの中で、何月何日とまで特定された夢は今に至るまで出て来ていない。時期が不明瞭なこと自体に何かしら重大な意味があるのでは、と指摘する書き込みもあった。
「他の夢の情報を引き合いにする必要はないと思うけどな。そもそも別の夢なんだから」
リアルで鮮明な夢を見ているという共通の体験をしているとしても、それぞれに見ている夢の世界が地続きとは限らない。
全世界的な災害を前にした予知夢だ、という突飛な前提ありきでそう語られているだけなので、普通はむしろ同じ世界だと考える方が無理がある。
「なんだよサノヤス。『別次元分岐派』に宗旨替えしたのかよ」
「最初から派閥を名乗った覚えはない」
部室内の会話はすでに掲示板住人の文脈に侵され、その場外乱闘場と化していた。
何々派はロマンがあるがこの部分の説明の穴が大き過ぎるとか、何々派は一番現実味があってもっともらしく聞こえるが、結局この夢自体の存在を否定しているとか、大体そういった話題で盛り上がっているのだ。
「そもそも日付の特定がそんなに重要か?」
「重要だろ。もしも本当に化け物が出るんなら心構えぐらいは必要じゃん。俺はそのための集まりだと思ってたけど?」
「いや、目的はオカ研の会報を作ることだから」
あきれ顔で吉岡が突っ込む。
最近は大体、広瀬と磯辺の二人が面白がって予知夢説を推して野放図に盛り上がるのに対し、吉岡は意外と真面目に会報誌という形にまとめる舵取り役を担う傾向にあった。
「まあでも、予知が外れたかどうかの判定がはっきりするから、日付が分かるに越したことはないと思うけど」
「だろう?」「ですよね」
「……美尋はどう? 今回ので使える情報は大分増えたんじゃない?」
これまでのところ白峰は、話題を振られても、考えがまとまらないと言って態度を保留にしていた。
俺も含め、皆が白峰の意見を聞くのを心待ちにしているのだ。
その白峰が、目線を落としていたレポートから顔を上げ、慎重に言葉を選ぶようにして口を開く。
「私は……。私も佐野君と同じ。今すぐ日付の特定にこだわる必要はないと思う」
まあ、そうだろうな。
白峰なら自由奔放で面白半分なオカルト話としてではなく、現実的かつ建設的な議論ができると信じていた。
「時期は大体秋頃と仮定しておいて、それより今は、どうしたらこのゾンビみたいなやつから身を護れるか、真剣に考えた方がいいと思う」
んんん!? なんだって?
白峰の口から続いて飛び出た言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「えっとー、……それは、佐野の見てる夢が本当になる可能性に備える、ってこと?」
吉岡の口調は確認というよりも、冗談でしょ? という非難めいた色彩が強かった。
「そう。備えておいて損はないんだし。後で後悔するくらいなら、できることは全部やっておいた方がいいと思う。もちろん会報の準備もするわよ?」
「……そうそう。そうだよなあ? もし外れててもいいじゃん。後で笑い話になっても、青春のワンシーンって感じで、なあ?」
「いいですね。私、凄く興奮してきました。私たち、SF小説の登場人物みたいじゃないですか?」
「えー? ちょっとぉ、マジなの?」
思わぬ援軍の到来に、予知夢肯定派の広瀬と磯辺が俄然色めき立つ。
どうやら多数決では三対二。
部内の意思は、到底起こりそうもない未曾有の大災害に備える方向に傾きつつあった。
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