5月24日(月曜) 忍び寄る悪夢①
あれ以来、放課後は広瀬と一緒にオカ研の部室に顔を出すのが日課となっていた。
オカ研に来れば、磯辺が毎日いそいそとネット上の書き込みを整理した資料を持ってきてくれるし、部室にあるパソコンを使わせてもらい直接掲示板を覗くこともできた。
ネットに書かれていた他人の夢の内容は様々で、最初は彼らが見ている夢と俺が見ている夢が、本当に同種のものと言って良いのか戸惑っていたが、多くの例を見ていくうちに、確かに共通項と呼べるものが存在することも分かった。
夢であることがはっきりと自覚でき、その間もしっかりと思考を巡らすことができるが、いわゆる明晰夢と呼ばれるもののように、夢の中で自由に行動したり、自分の意志によって夢の内容に影響を及ぼすことはできないらしい。
夢に見る場所は、ほとんどがその人がよく知る生活圏で、家具や街中の看板に至るまでの細部をはっきり視認でき、現実との齟齬がおよそ見当たらない。
そして、最初は平穏で極めて現実的に見える情景が、途中から一変し、悪夢の様相を見せ始める、というのが多くの書き込みに共通する夢の構造だった。
ただし、そこで起こる悪夢的な現象はバラバラだ。
突然、黒い球体が空中に現れ、それが際限なく膨張し、皆がそれに飲み込まれていくという夢。
何の前触れもなく、人の身体が溶け出していき、それを見た自分の身体も溶けていくという夢。
無重力状態になったように徐々に身体が浮き上がっていき、遂には上空高く吸い上げられてしまう夢……などなど、だ。
ある日、部室でネットの掲示板を覗いていると『学校にゾンビのような化け物が現れて、それが次々と感染して増えていく』という夢の書き込みを見つけた。
自分と全く同じ夢を経験している人間がいることに驚き、すぐに皆に伝えたが……、何のことはない、それは俺の話をもとにした磯辺の書き込みだと分かった。
一方的に情報を貰うだけでは礼儀がなってない、提供できる情報は共有して全体に奉仕すべし、というのが磯辺の流儀らしい。
先に情報元である俺に断りが欲しかったところではあるが、この学校を特定できそうな情報は含まれていなかったので何も言わずにしておいた。
ちなみに、その書き込みに対する反応は、陳腐、便乗した作り話といった返しばかりで、あまり芳しい評価とは言えない。
他の書き込みに比べて特に注意を引いているふうでもなかった。
ただ、誰かがそれに対し、『これがもし、これから起きる未来視だとしたら、生存確率を上げるにはどうしたら良いか?』という問いかけをしており、それについては、それなりに返信が付いていた。
『生き残るという話なら、他の意味不明な夢に比べれば遥かにマシ』
『ゾンビ映画観ろ』
『学校に行かなきゃいい。一応近付かないようにするから学校名教えて』
『まず発生する日時を特定しろ。話はそれからだ』
『情報が少な過ぎる。とにかくもっとよく観察して報告』
大体こんなところだ。
ネットではこの一連の夢群を、予知夢ではないかと疑う向きが意外にも多く、『近々起きる超常的な大規模災害の可能性に備えよ』という書き込みがよく目に付くようになっていた。
しかし、全員が同じ内容の夢を見ているというならいざ知らず、こんなてんでバラバラな異常現象が、日本の各地で頻発するということがあり得るだろうか。
終末論的な読み物だとしても、あまりに節操がなさ過ぎる。
実際に夢を見た当人の感触からすると……、二度目の夢を見たばかりの俺からすると、夢はやはり夢でしかないというのが偽らざる実感だ。
夢の内容よりも、何故こうも突然、何段階も情報の質が向上した夢を見る人間が続出するようになったのか、ということの方が興味深い。
今でこそネットの一界隈の噂でしかないが、今後もこの調子で体験した人間が増えていくとするなら、社会全体がこの変化を認知していくことになるだろう。
もしも夢に出てくる異常現象が仮に現実になるとすれば、それは確かに天地がひっくり返る程の一大事だろうが、現に起きているこの変化からして、すでに十分過ぎるほど驚嘆に値する。
掲示板の書き込みを読んでいる人間の大半にとっては、書き込みの信憑性自体を訝しんでいる状況ではあろう。
しかし、俺にとってはそこはすでに疑う余地のない事実なのだ。
実際にあの夢を見た人間であれば、足元がぐらつくようなこの異様な不安感を、俺と同じように実感していることだろう。
問題は、自分が体験しているこの生々しい感覚を、言葉以外の方法で他人に伝える術を持たないことだった。
広瀬曰く、俺は相手に物事を伝えるのが恐ろしく下手なのだそうだが、仮に俺が講演家やTVタレントのように器用に話せるタイプの人間だったとしても、所詮は怪談話の域を出ないだろう。UFOや幽霊を見ましたと主張しているのと大差がない。
現在ネット上における彼らの主張が、ただの与太話ではなく、曲がりなりにも議論に足る話だと周囲が相手にしているのは、同じような夢を見たと主張をする人間が後を絶たないこと。その一事に尽きる。
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