(3)ハイカラ洋風建築物が立ち並ぶ町
僕が住み込みで働いている民宿「満月荘」に曰く付きの話なんて無いさ。
例えば過去に宿泊部屋で自ら命を絶った人がいるとか、民宿が立つ前の土地が墓地だったとか……。昭和時代から僕の祖父母が経営している民宿に幽霊が出没するだなんて今まで一度も聞いたことが無かった。
奴は……和服姿のあの子はある日突然民宿「満月荘」に現れたんだ。けれども、第一発見者はどうやら僕ではないらしい。
○
『カウネとフルム〜ン』
○
晴れ雨現象の発生周期に気付いた日を境に和服姿の女の子は時折僕の視界に入ってくるようになった。そう、決まって雨音のする満月の夜に……。
「大吉〜〜!」
「うひゃあ!」
勤務中、宿泊客の対応をしている時やプライベートな時間でさえお構いなし。廊下の柱の陰からひょっこり顔を出したり、押し入れの襖をスッと開けた時に暗がりから奴が飛び出してくるのだ。
僕は情けない声を上げて驚き戸惑い逃げ惑う。思い悩んだ末、宿泊部屋の至る所に盛り塩を置いてみたり、近所にある「
物陰からこっそりと廊下の様子を見てみる。
ああ……なんということだ……。奴は今、不思議そうな顔して柱に貼り付けたお札をペシペシと手のひらで叩いていた。
○
「最近、半透明な女の子が見えるようになって困ってるのですが……」
「何を言っているんだね、君」
次の日のこと。
「星川君……まさかとは思うが、思い悩みすぎて妙な薬に手を出してはいないだろうね?」
「いえ、それはないです! 絶対!」
僕は院長先生同様にため息をついた。
診察を終え薬局で薬を貰った僕は、駐車場に停めてあった軽トラックに乗り込んだ。運転中、寛木町の路地に観光客が数人往来しているのを見かけた。
「こんな
僕が住む寛木町は宮城県北東部の緑豊かな場所に位置する。
町の東側は北上山地という緑の深い山々があり、西側は住宅地や商店、田園風景が広がっている。そして町の中央を広大な一級河川・北上川が貫いている。
寛木町は平たく言えばどこにでもあるような田舎町と言えるが、ちょっとした観光業で栄えている部分がある。
別名「宮城の明治村」と呼ばれ、保存・管理された明治時代のハイカラな洋風建築物が町の至る所に点在しているのである。
明治時代に小学校や警察署、商家の蔵として使われていた木造・煉瓦造りの建物は資料館として再利用されているし、時代劇に出てきそうな武家屋敷なんかが残っている通りもある。
それらを見に遠方から訪れた観光客をターゲットにした宿が町にいくつかあって、その内の一つに僕の祖父母が経営している民宿「満月荘」があるんだ。
しばらくして僕が運転する軽トラックは北上川に架かる大橋に差し掛かる。
車窓から北上山地の一つである
満月荘は、ハイカラな洋風建築物が点在する観光地から少しばかり離れた橋向こうにあって、山側の緑の多い町外れに存在している。
昭和時代に建てられた民宿は昔ながらの趣があると評判で、観光地から離れたこんな所にまで好き好んで足を運んでくれる宿泊客がいるのだから大変ありがたいことである。
軽トラックを民宿「満月荘」の傍にある駐車場に停めると、荷台から缶ビールのケースを下ろして、玄関口まで運んでいった。
「ただいま、ばっちゃん。補充分のビール買ってきたよ」
○
「……雨か」
3週間程経った頃、ザーッと地面を叩く雨粒の音が再び満月荘に響き渡った。窓をガラリと開けるが外は雨が降っていない。夜空にはまん丸なお月様が浮かんでいる。晴れ雨現象が発生したんだ。
「さあ、何処からでもかかってこい……!」
僕は奴がいつ現れてもいいように用心しながら業務にあたった。
「缶ビール買いたいんだけどー」
「はーい、ただいまお待ちいたします」
「浴場のロッカーの鍵開かなくなっちゃったんだけど!」
「今行きますー」
忙しなく民宿の中をバタバタと歩き回っているのだが、和服姿のあの子には全く遭遇しなかった。このまま一生会えないままだったなら嬉しいのだけれど。
「大吉、晩御飯出来たから早くけえ(食べなさいな)」
「あっ、はい。ばっちゃん」
祖母の声だ。休憩がてら晩御飯も済ませておけとのことで、民宿受付の裏にある居間へと呼び出された。硝子戸をガラリと開ける。
居間のテーブルには祖父があぐらをかいてテレビを見ている後ろ姿があり、祖母が台所で宿泊客の晩御飯を作っていて、食器がカチャカチャと音を鳴らしていた。
「腹減ったな……ばっちゃん、今日の飯何ー?」
「肉じゃがだってよ、大吉」
「ああ、そう。……ん?」
聞き慣れない声が祖父の方から聞こえた。怪訝に思いながらそっとテーブルに腰掛ける祖父に近づいて後ろから覗き込んだ。
「ヒッ! うひゃあ!!」
奴だ、奴がいた! 着物姿の女の子!
あぐらをかく祖父の足の上に小さくデンとえっらそうに腰掛けていた!
僕は取り乱して後ろから倒れ尻餅をついた。
「じ、じっちゃん!」
早く逃げろと言いたい所だったが、驚きのあまり思うように声が発せなかったので腕をブンブン振って逃げてくれとジェスチャーした。
「相変わらずビビりの腰抜けだなあ、なあ
「うんー、星川のじっちゃん」
祖父の足の上から奴がヒョイと立ち上がって、僕に近づいてきた。
「ひいやあああっ! ワッツ!? 幽霊!? どちら様!?」
奴は僕の絶叫を聞いて吹き出した。ケラケラと女の子の笑い声が居間に響き渡る。
「私の名前は
そう言ってピースサインを向けてきた。
祖父が続けてこう言った。彼女は座敷童子で僕達の民宿「満月荘」に富をもたらすためにやってきてくれたのかもしれないと。
かもしれない!?
どうやら祖父も佳雨音のことをよく知らないらしい。そしてもう一つ、僕は奇妙なことに気付いてしまったのだった。
それは……佳雨音がこの民宿「満月荘」に出現する度に話し言葉が次第に流暢になっていることだ……。
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