人生山あり谷ありだというが、まさにそれだ

Black History

第1話

僕の名前は遠江洋樹。いたって普通の高校生だ。学校だって普通のところに通っている。学力だって普通くらいだ。こんな自己紹介をしていると自分はやっぱり特別じゃないんだなと、つくづく人生が嫌になる。僕だってどこぞの慶応大卒のメンタリストよろしく科学的な云々を説いてみたいし、どこぞの中央大卒の人よろしくゆったりとしたフランスで美味しいお酒を飲みながらいろいろな方々の人生について考えてみたい。しかし、そんなのはやっぱり才知溢れる方々のやるところであろうから、僕はただその人たちを羨望することだけにとどめておこうと思う。ここで或いは、なにくそと思って頑張ってみれば違うのかもしれないが、僕にはそんな気概もなければ、余裕もない。なぜなら僕は、普通である僕は、弱者なのだから。

「それで——ねぇ、聞いてる?」

「ん?あー、うん。もちろん」

「……嘘つき。考え事している顔してたもん」

今、目の前で怪訝そうな顔をしている女子は誰か。かわいらしいくりりとした目に小さな鼻、薄く赤い唇をした彼女は誰か。到底僕とは釣り合わない、端正な顔立ちをした彼女は誰か。彼女の耳目がこちらに向かっていなかったのなら、或いはこれ以降関わる必要のない人にだったら即座にこう答えるだろう。「関係のない人です」と。しかし、人生の宿命は悲しいもので、彼女とぼくは中学時代からの同級生である。その童顔から察せられるとおり、彼女は僕が今いる高校にすら、昔は入ることができないほど頭が悪かった。しかし、過去形ということから分かるように、彼女はこの高校に受かってしまった。そう、”しまった”なのだ。僕は、彼女が同じ高校に入るのが嫌だった。彼女はなぜか僕に付きまとう。そうすると当然、周りからは僕と彼女を見比べるかのようなさす視線が来るわけで、それは中学の時から分かっていたため彼女の昔の学力を知ったときは喜色満面といった感じだったが、それは結局儚い夢だった。或いは僕がもっと上の高校を目指せばよかったのかもしれないが、そんな努力なんていう美しい花は僕には似合わない。僕に似合うのはせいぜい”普通”にしがみつく哀れな必死さと、この卑屈さを兼ね備えたしおれた花だろう。話はそれてしまったが、ここで彼女の名前を明かそう。ここにしたのは何かの伏線かって?いいや、違う。ただ僕が道草を好んでいるだけだ。彼女の名前は瀬戸崎奈穂。高校二年生だ。




ここで明かさせてもらうが、瀬戸崎奈穂が登場したのは僕の登校中においてである。つまり何が言いたいかと言うと、僕は学校に着いたわけだ。学校に着いたら、当然教室に向かうわけで、さらに瀬戸崎は僕と同じクラスなわけだから、さすような視線をより間近で受けるわけだ。僕としては当然、閉口せざるを得ない。ほら、大体こんな感じだ。男子からも女子からもニマニマした視線で見られる。僕としても当然嫌だし、瀬戸崎も顔を伏せて僕の腕にしがみついているわけだから少なくとも良い感情は持っていないだろうに、これをやめようと提案すると理不尽の怒りに遭う。だから僕はこの状況を甘んじて受け入れているわけだ。しかし、総じてニマニマした視線の中にも例外はいる。その一つは、今僕の方にぐんぐん迫っている彼女だ。彼女の名前は江濱香奈枝。キリリと光る眼に、高い鼻、薄い唇の彼女はまるで西洋の彫刻みたいだ。

「ちょっと、そろそろ離れてもいいんじゃないかしら」

彼女は目を細めて瀬戸崎を睨む。

「ど、同級生だし、このくらい当然だもん!」

「へぇ、当然ねぇ。同級生のくせしてまだそこからなにも発展していないあなたが、どの口をきいているのかしら」

「そ、そういう江濱さんだって——」

瀬戸崎が俺の腕から手を離したすきに僕の席へと座る。彼女たちはまだ言い争っているらしい。

「おうおう遠江さんや、朝からおモテになって」

そういうのは僕の前の席にいる川潟俊。僕が一番後ろの窓側の席なのに対し、彼はその一個前だったことから仲良くなった友達だ。

「いやいや、そんなことないから」

「そんなことないだぁ?お前の眼は節穴か?」

「そういうお前こそ。瀬戸崎のあれは恋幕とかじゃなくって、あれが同級生の普通だと思っているだけだから」

「っけ!どうだか」

「ねぇ、ちょっとあれ、うるさいんだけど」

そう僕に言ってあの二人を指すのは橋原美沙。彼女の親は外国人だったらしく、この学校にしては珍しい金髪のツインテールに青い目、高い鼻、薄い唇をしている。

「ヒューヒュー、あれ扱いですかい。やっぱり恋敵には手厳しいねぇ」

そうおどけてみせるのが川潟俊。彼女のおぞましい睨みも意に介さない。

「言っとくけどあの二人、僕は知らないからな。何やっても聞きやしないし」

丁度言い争っている彼女たちを見ていると、江濱が僕の視線に笑みで返してきた。それに気づいた様子の橋原は江濱を睨み、瀬戸崎のムードはより険悪になった。やれやれ、僕は平穏を欲してやまないのに、穏便ではない彼女たちが僕をほっとかない。何度も言うが、僕には普通しか似合わないんだ。なのにこんな非日常を送るなんて、僕としては不本意だ。だけどまあ、非日常だけがすべてではないように日常だけがすべてではない。こんな僕に非日常を届けてくれた彼女たち、ついでに川潟には感謝をしておこう。

「おい、なににやけてるんだ」

川潟が気味悪がって聞く。

「いや、別に」

僕はそれに対して苦笑交じりに答えた。

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