ザザザザッ・・・ ザザザザッ・・・ 


 大輔の浅い眠りに、何やら聞き覚えの有るような、無いような音が忍び込んで来た。その音が連鎖的に野球選手のスライディングを想起させ、彼はたいして詳しくもない野球の夢を見ていた。その夢に登場する大輔自身は、何故だかユニフォームを着ていて、何度も何度もスライディングをしている。

 しかし、何度滑り込んでみても思ったようにならず、彼は泥だらけになりながらも、幾度となく立ち上がり、そしてまたスライディングを繰り返すのだった。


 しかし、そのような夢に自身を弄ばせているうちに、徐々に自分の中の他の部分が覚醒を始め、今見ているものが夢であるという確信が広がって来るのは、誰にでも有る経験であろう。

 そういう大輔も、いつしか「自分は何故、スライディングをしているのだ?」という想いから、「何故こんな夢を見ているのだろう?」といった、一歩引いた視点からの感覚を持ち始め、最終的には「あれ? 今自分は何処にいるんだっけ?」という現実的で差し迫った疑問を持つに至った。


 横浜の実家の、自分のベッドの中?


 いやいや、そんなに安楽な状況ではなさそうだ。何故なら、変な格好で寝ていたからと思しき鈍痛が、腰から背中にかけて広がっているではないか。それにベッドの硬さだって違う。あの実家のベッドは、こんなにもゴツゴツはしていないし、このような不快な傾斜も無いはずだ。だとしたら自分は何処で寝ているのだろうか?

 ここまで来ると、頭の中の睡魔はシュワシュワと萎んで、代わりに現実的な感覚が一気に芽吹き始めるものだ。大輔の頭は、幾分かは眠りに足を引っ張られながらも、徐々に昨日の出来事を反芻し始めた。


 確か昨日、俺は横浜を出て当ての無い旅に出たのだ。そしてアクアラインを渡り、館山から北上を開始したのではなかったか? そうだ! 回転寿司! 店で見かけた家族連れが雪の話をしていたじゃないか!


 雪!?


 大輔は毛布を蹴って飛び起きると、水滴で曇ったガラスを素手で拭う。そして完璧に覚醒した頭で、窓の外を窺った。


 おぉ~。やっぱり積もったか。


 雪は既に止んでいたが、彼のAE86を取り巻く風景はうっすらとした雪化粧を纏い、薄暗い空の下にあって、ほの明るい空気で満たされていた。

 確か昨夜の回転寿司店を出た後、直近の道の駅まで車を走らせ、その駐車場で夜を明かしたのだった。街の中心部にまで行き、そこで安い宿を探しても良かったのだが、最初っから楽をしては今後が思いやられると思い、最低でも初日くらいはと車中泊を強行したのだった。

 そこまで思い出した時、大輔は自分が目覚めた理由をハッキリと認識する。


 寒っ・・・。


 天気予報で言っていた「爆弾低気圧」を甘く見ていたようだ。毛布一枚で大丈夫だと思っていたが、それは無謀なチャレンジに他ならなかったのである。大輔は寒さのあまり目が覚めたのだということを知り、連鎖的にスマホで時刻を確認する。

 午前5:45。かなり早いが、昨日毛布にくるまった時刻を考えれば、かなり眠れたといっていいだろう。こんな車の中で、しかも夜中に目を覚ますことも無く朝まで眠れたということは、むしろ「ぐっすりと眠れた」と評価すべきじゃないか。

 大輔は、意外に自分は肝が据わったタイプなのかもしれないという、本人すらも知らなかった一面を垣間見たような気分になるのだった。


 ちょっと早いが今日の活動を開始しよう。そう思った大輔が「うんっ」と伸びをして毛布を折りたたみ、寝かせた助手席のシートバックを立てた時、またしてもあの音が聞こえた。


 ザザザザッ・・・ ザザザザッ・・・ 


 そう言えば、夢の中でもこの音が聞こえていたような・・・。そう思った大輔がドアを開けて外に降り立つと、丁度、シャーベット状になった雪を掻き分けるようにして、大型トレーラーがタイヤをスリップさせながら駐車場から出て行くところだった。そのパールピンクの派手な色彩は、モノトーンに沈む風景の中に圧倒的な違和感を放ちながら、重厚な排気音を響かせつつ国道方面へと走り去って行った。


 何とはなしにその後ろ姿を見送った大輔の首筋に、再び降り始めた雪の一欠けらが忍び込み、彼はブルリと身体を震わせた。そして、何処かでもう一枚、厚手の毛布を調達しようという決意を新たにし、再びAE86の助手席へと消えていった。



 鹿嶋市に有る、この道の駅を拠点にし ──と言っても、近くのコンビニで買い込んだ朝飯を食う、短い間だけだが── 朝のひと時をノンビリと過ごす。ここならトイレを借りる為に店員に声を掛ける必要も無いので気が楽なのだ。

 折角なのでガスバーナーで熱々のコーヒーでも煎れたいところだが、小雪のちらつくこの空模様では気分は盛り上がらない。かと言って車の中で直火を焚くのも考え物なので、コンビニでサンドイッチと一緒に買ったレギュラーコーヒーを時間を掛けて飲み干した。


 その後、運転席側に移動してイグニッションキーを回す。次いでスマホを取り出し、今日の行程をボンヤリと頭に浮かび上がらせる。あくまでもボンヤリとだ。ここで細かくスケジューリングしてしまっては、折角の行き当たりばったり感に水が差されてしまうではないか。自由な気分が阻害されてしまうではないか。


 それに・・・ と大輔は思う。


 図らずも、長年働いた茨城県に入っているのだ。この地にはコービータイヤのテストコースが有り、大学卒業以来、十年以上も住んだ地である。当然ながら、ある程度の土地勘も養われているので、地図など見なくても、好きな所へ好きなように行くことが出来る。

 大輔は早々にスマホを閉じ、火の入った1.6リットルのDOHCエンジンが温まっているのを確認すると、先ほどの大型トラックが出て行った出口から表通りへと滑り出した。



 行き先など決めていなかったはずなのに、大輔はある一点を目指して走っていた。海岸線を離れ田園地帯を横切り、高度の低い山郷のワインディングを抜ける。すると再び視界が開け、平坦な田園地帯が顔を見せた。その刈り取りの終わった寒々しい水田を縫うように走る、ランドマークになりそうな物は何一つ無い不愛想な道を、大輔は迷うことも無く走り抜ける。

 すると、一見すると何の為の場所なのか判らない一角に到着した。ドローンやヘリコプターでも使わなければ、その全貌を見渡すことは出来ないような広大な施設だ。明らかに場違いな風情で並ぶ常葉樹の列と、背の高い排他的なフェンスに囲われた使途不明の施設。それらの遮蔽物のお陰で、外からその中を見通すことは出来ない。そんな非日常的なエリアが、田んぼの真ん中に忽然と姿を現した。


 大輔はその謎の施設の脇に車を停めると、今朝から降り続く雪のせいでベチャベチャになった未舗装路の上に降り立った。エンジンを切ったAE86が沈黙すると、微かな音を立てて降り積もる雪の音が彼の耳を満たす。その静寂をかき乱すかのように、近くの木立で羽を休める一羽のカラスが侘し気な声を上げ、それが辺りの静けさを強調しているようだ。

 「そっか・・・」

 そう呟いた大輔が思わず吹き出した。ここに来れば音が聞こえるかと思っていたのだが、よくよく考えてみれば当然である。おそらくこの雪は、コース上にもシャーベット状となって積もっているに違いない。それが完全に融け切るまでは、テストドライバーたちは事務所で悶々と過ごすしかないのだ。


 除雪すれば? と思うかもしれないが、路面上に降り積もった雪を完全に除去し切ることは出来ないし、そもそもこの広大な面積を除雪しようなどと、いったい誰が考えると言うのか。たとえそれが僅かであっても、そんな雪の残る路面で行うサマータイヤの高速試験など自殺行為に等しいだろう。

 それに場所によっては、傾斜角度45°程の急峻なバンクコーナーを形成している。そんな所を除雪するには、除雪車を時速120km/h以上の高速で走らせねばならないが、そんなことは出来るはずも無い。

 きっと高山たちは今頃、雪の降り止まない空を恨めし気に見上げているに違いない。


 元々この時期は、北海道に遠征している連中も多いので、コース上は閑散としているはずだ。おまけにこの天候では、テスト中の車両が上げる音は何も聞こえない。超高速で駆け抜ける欧州車の走行音に、タイトなコーナーを抜ける際のスキール音。或いは制動試験時のABSが奏でる断続的な機械音や、単輪計測車両の悲鳴のようなブレーキ音も彼の耳には届いてこなかった。

 ガレージだって、シンと静まり返っていることだろう。インパクトレンチなどのエアーツールによる、騒々しい作業音も聞こえなければ、リフトをアップダウンさせる際のシューッという空気音も聞こえない。

 大輔にとっては慣れ親しんだ日常の、雑多な音たちが聞こえるのではないかと期待してここまで足を運んだが、この空模様ではそれらの音など聞こえるはずも無い。


 それに、今更その音を聞いたからと言って、どうだというのだ? 自分を裏切った会社に恨みつらみでもぶちまけるつもりだったのか? それとも、妙な感傷にでも浸るつもりだったのか?


 違う。


 大輔は自分の人生の一幕にケリを付けに来たのだ。自分の社会人としての人生をスタートさせた地点にもう一度だけ立ち返り、そしてそれに別れを告げに来たのだ。


 既に気持ちは切り替えていたつもりだったが、やはり人間というものはそこまでドライに割り切れるものではないのだろう。自分のキャリアの全てを捨て去って、文字通りゼロからの再出発を成し遂げるために、彼はもう一度このテストコースを目に焼き付けて、そしてそこから自らの脚で立ち去る必要が有ったのだ。

 確かに、退社は自分の意志だった。だがあの時、あの会社を去る時の大輔は、やはりコービータイヤという会社組織によってのだ。会社を辞めるという意味合いも、それがもたらす今後の人生への影響も、ただ何となく認識していたに過ぎない。それらを腑に落ちるまで噛み砕いて飲み下し、全てを覚悟した上で去ったわけではないのだ。

 そんなバタバタの退社劇では、気持ちの切り替えもままならない。だからもう一度だけ、大輔はここを訪れた。今度こそ、明確な意思を持ってコービータイヤに背を向ける為に。


 大輔は何も聞こえないフェンス越しに、かつての職場を思い描いて空を見上げた。疎らに落ちてくる雪は、まだ当分止みそうもなく、憂鬱なグレーの空から黒い影となってヒラヒラと舞い落ちてくる。それらが顔に落ちては融けてゆくのを感じながら、大輔は一つ、長い息を吐いた。

 そして意を決するようにAE86のドアに手を掛けると、それをサッと開いて身体を滑り込ませた。間髪入れず始動したエンジンは、頼もしい音と振動をもって「さぁ、行こう」と大輔に語り掛けているようだ。

 その武骨な声に応じた大輔はシフトをRに入れ、「プッ、プッ」と軽いクラクションを二度鳴らす。それはテストドライバー時代に身体に沁み込んだ、ガレージ周りでの事故防止のためのルールであったが、今の大輔にとっては決別の挨拶に他ならなかった。


 未舗装路から後ろ向きに舗装路へと出たAE86は、シャーベット状に残る雪の上で僅かに滑ってから止まり、そして走り出す。ミラーに映り込むテストコースには一瞥をくれることも無しに、大輔は無言で走り去った。



 海にぶつかるまで、今来た道を逆に辿る。そしてくすんだ青に染まる太平洋が眼前に迫ったところで左に折れ、北を目指す旅の再開だ。


 大輔には冬の海を見る度に思い出す光景が有った。それは極寒の留萌で見たものだ。冬季試験で冬の北海道に滞在中、唯一の気晴らしと言えば、たまの休日に仲間たちと出掛けるドライブぐらいしかない。仕事で車ばかり乗っているくせに、休日にも車に乗るのか? と思われそうだが、ホテルでグズグズと燻っているのは精神衛生上も好ましくはない。

 勿論、テストドライバー仲間には、休日はホテルでノンビリという者も居るし、氷点下10℃を下回る極寒の街を散歩したり、或いは軽いジョギングで心身の平衡を保つ強者もいる。そんな中で大輔は、むしろ車であちこちに出歩いては美味い物を食べたり、日帰り温泉に浸かったり、時にはレンタルのスノーモービルで雪原を疾走するといった気分転換で、単調で退屈な日々を乗り越えるタイプなのであった。


 冬季テストコースの有る内陸部から山越えで苫前に降り立つ。そこで左に折れて海岸線を南下し、今度は留萌に向かう。内陸部では食べられない、美味い海鮮丼やらラーメンやらを食うためにだ。

 その道中、右手には絶えず冬の日本海が控えていて、否が応でもその姿が視界に入り込んでくる。それは鈍い鉛色の荒れた海で、ドンヨリと重たそうな空がそれを圧し潰そうとしているかのようだ。輝きを失った空と海の境界は曖昧で、その狭間に世界中の物の全てが吸い込まれつつあるような、もしくは逆に、そこから全てが生まれ出でてくるような、ある種、神々しくもある風景だ。そこを訪れる度に大輔は、そんな不思議な想いが湧き上がるのを抑えることが出来なかったのであった。


 しかし今、大輔の右手に広がるのは太平洋だ。冬のそれは寒々しい装いで、見る者の背筋をブルリと震わせるには充分ではあったが、留萌で見たそれに比べれば、随分と明るく楽し気にすら思えるのだった。

 人間の営みと共存する余地をなど微塵も感じさせない、壮絶で圧倒的な暴力性を内に秘めた冬の日本海。あの風景を心に焼き付けているからこそ、今、大輔の目に映る冬の太平洋は、彼の心に浮き立つような高揚感をもたらすのだった。



 それにしても降り止まない雪。北海道ほど気温が低いわけではないので凍結することは無いが、ベチャベチャとしたシャーベット状から、徐々に圧雪に変わり始めているようだ。

 こういった時、最も気を付けねばならないのは、サマータイヤのままウロチョロと走り回っているドライバーが居ることだろう。特に関東地方では、降雪することは有っても積雪にまで至ることは殆ど無いため、ウインタータイヤを準備していない人が多いのだ。

 かと言って、車を使わずに生活できるような都会と異なり、田舎ではどうしても車に乗らねばならない状況が存在する。そういった時、雪の怖さを知らない人々は「少しくらいなら大丈夫だろう」と高を括って、ノコノコと出てきてしまうのだ。


 そんな、いつコントロールを失ってもおかしくない車の群れの中を走るのだ。凶器と化した鉄の塊が、いつどこから突っ込んでくるか判ったものではない。大輔はいつも以上に、前後左右の車間距離に気を使い、いかにもヤバそうな車には近づかないといった、気苦労の絶えない運転を続けていた。


 テストコースみたいな危険の坩堝のような職場で働いていたくせに、と言うことなかれ。実を言うとテストコースは印象ほど危険な場所ではないのだ。無論、高速走行に伴う危険とは背中合わせに違いないが、実は一般道に比べれば何倍も安全な環境なのである。

 そこには厳密に決められた走行ルールが有り、テストドライバーは決して、そのルールを破ったりしない。それはお互いの身の安全を図るための、最も重要な決まり事であることを全員が承知しているからに他ならず、それを省みなかった時の悲惨な結末を肌で感じているからなのだ。

 更に言えば、基本的に交差点も無ければ、対向車も存在しない。歩行者や自転車は居ないし、ましてや免許取りたての初心者や高齢ドライバー、酔っ払い運転も居ない。そこで車を駆っているのは、全てが特殊な訓練を積んだ、標準以上の運転技量を身に付けたテストドライバー達なのだ。そういった相互信頼関係が成り立っているからこそ、運転中にデータ集録用のパソコンを操作するために、進行方向から視線を逸らしたりすることが許されるのである。


 それに引きかえ一般道は・・・ という話だ。そういった素人に気を使った運転は、途轍もない疲労をもたらすものだ。特にこういった天候では、その気苦労は何倍にも膨れ上がる。

 予想以上の精神的な疲れを感じた大輔は、海岸線沿いのドライブインを見つけると、直ぐにAE86を滑り込ませた。夕食にはまだ早いが、少しここで休ませて貰おう。

 微妙な傾斜を持つ駐車場の端っこの、海を見渡せる位置に車を停めてサイドブレーキを引く。そしてフロントウィンドウで忙しなく往復運動を繰り返しながら、キコキコと耳障りな音を奏で続ける煩わしいワイパーも止めた。


 相変わらず降り続く雪も気にせず、大輔はドアを開けて車外へと出た。海から吹き付ける風が雪の軌跡を斜めに傾げさせ、微かに潮の香りを運んでいる。やはり留萌の海とは違うかな、と思った。

 長時間の運転で固まった腰を伸ばすように「うん」と伸びをした大輔は、僅かな湾曲を見せる水平線に向かって大きく息を吐く。

 するとその時、何処かで聞いた音が、再び彼の鼓膜を震わせるのを感じた。


 ザザザザッ・・・


 伸びをした姿勢のまま振り返ると、薄く積もった雪に足を取られた大型トレーラーが、駆動輪をスリップさせていた。パールピンクのど派手ないすゞGIGAだった。


 ザザザザッ・・・ ザザザザッ・・・


 今朝、道の駅で見かけたトラックだ。きっと空車(荷室が空の状態)なのだろう。グリップが足らず、この微妙な傾斜で動けなくなっているようだ。


 大型車の場合、実はちょっとした傾斜で発進できなくなることが有る。それは走行中に温まったタイヤの熱によるもので、駐車に伴いタイヤの下の雪が融けて微妙な凹が形成されることに由来する。

 その高々1cmほどの窪みを侮ってはいけない。空車のトラックは車体重量が軽くなっている分、タイヤに掛かる荷重も軽く、従って路面を蹴る力、つまりグリップ力も小さいのだ。そこに路面の傾斜というマイナス要素が加わると、全く動けないという、いわゆるカメの子状態に陥ってしまう。

 それは通常のリジッド車両でも起こり得る現象だが、セミトレーラータイプの大型車両には特に有りがちなもので、北海道のテストコースでも時折発生する厄介者だ。そこで無理やりギコギコやってしまうと、どんどん雪面が掘れてドツボに嵌ってしまう。従って、実際にそれが発生してしまった場合は、除雪用の重機に引っ張り出して貰うのが最も手っ取り早い。


 つまりセミトレが積雪の有る状況で駐車する際には、細心の注意を払う必要が有るのだが・・・ 北国のドライバーであればその辺に抜かりは無いが、茨城辺りを流している運ちゃんだと、そこまで深く考えずに車を停めて休憩してしまったのかもしれない。

 大型車は専門外だが、テストドライバーという職業柄、免許は持っているし、冬のテストコースで運転したことも無いわけではない。車のサイズが変わっても、タイヤと路面の関係性に大きな違いは無いのだ。

 大輔は発進できずに四苦八苦している、そのトラック ──セミトレ車両の場合、運転席のある部分を「ヘッド」とか、或いは正式に「トラクター」と呼ぶことも有る── に向かって近づいた。


 大きく両手を振りながら、トラックの前面を距離を取って横切る。こちらの存在を運ちゃんに伝え、危険を回避するためだ。丁度、薄暗くなり始めている時間帯で、点灯されたヘッドライトを透かして運転席を見通すことは出来なかったが、アクセルを煽るのをやめてアイドリング状態になったところをみると、運ちゃんはこちらの存在に気付いたようだ。

 そしてトラック前面から右側面に回り込み、運転席の下から声を掛けた。

 「動けないんですか? 僕が代わりにやりましょうか?」

 降りしきる雪を避ける為に、右手で庇を造りながら大声を張り上げると、運転席のパワーウィンドゥがスーッと降りた。

 「出来ます? もう、全然動けなくって」

 若い女が顔を覗かせた。

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