エピローグ

一本橋渡れ、さぁ渡れ

 駅の改札から出てきた陽太は、頼まれた食パンを一斤、商店街のコンビニで買いこんで家路を急いでいた。ちょっと離れたスーパーにまで足を延ばせば安く買えるのだが、ついつい面倒臭がって帰り道に寄れるコンビニで済ませてしまうのだ。またブツクサ文句を言われそうだと思いながら、レジ袋をブラブラさせながら歩いていた陽太は、商店街を過ぎたあたりで道を逸れ、公園へと足を踏み入れた。

 まだ陽は高く、公園の遊具を障害物に見立てて、鬼ごっこをしている子供たちの賑やかな声が木霊している。砂場で何やら造形に取り組んでいる子供たちも居る。彼ら彼女らの母親、いわゆるママ友たちは木陰のベンチに腰を下ろしながら、井戸端会議の真っ最中のようだ。それは誰かご近所さんの噂話であったり、ドラマの進捗に関する取り留めの無い話なのだろう。よくあれだけ話すことが有るものだと、陽太は感心せずにはいられなかった。


 そんな公園の一角に、他の子供たち、母親たちから離れて遊ぶ二人の影が有った。子供の年齢が離れていると、遊びの内容が違うので、場合によっては危険である。その二人は井戸端会議中の一群とはつるまず、母娘だけで散歩でもしている風情だ。

 母親は娘の手を取りながら、娘は子供向け遊具エリアに敷設された平均台の上をバランスを取りつつ、フラフラしながら渡っていた。

 「いっぽんばし渡れ、さぁ渡れ」

 娘が保育園で覚えてきた歌を披露すると、今度は母親も一緒に歌う。

 「いっぽんばし渡れ、さぁ渡れ」

 その見慣れた後姿を認めた陽太は、レジ袋を掲げながら二人に向かって声を上げた。

 「おぉーーーぃ! 陽菜! 葵!」

 その声に振り向いた二人の顔が、パッと明るくなる。

 「あっ、パパだっ!」

 陽菜は葵の手を振り払って平均台から飛び降りると、陽太に向かって駆け出した。そして「ドッシーン!」と叫びながら父親の胸に飛び込んだ。陽太は陽菜の脇の下に手を入れると、彼女の身体をスィッと抱き上げる。そして赤ちゃんの頃によくそうしたように、「高い高い」をしながらグルグルと回った。陽菜は「キャッキャッ」と言って大喜びだ。

 そうやってじゃれ合う二人の脇にやってきた葵が、陽菜の放り投げた通園用バッグを拾い上げながら言った。

 「どうしたの、今日は? 随分と早いわね」意外そうな顔をしながらも、どこか嬉しそうだ。

 「いや、チョッとね。テレワークでいいかなって思って」

 しかし、陽太が手にしている袋を見た葵が表情を曇らせた。

 「あっ、またコンビニで買ったのね? もう、ヤオハチの方が安いって言ってるのにぃ」

 「ははは、ごめんごめん。早く二人の顔が見たくってさ」

 頭を搔く陽太に、葵はあきれ顔だ。

 「もう・・・」

 そんな二人の会話を遮るように陽菜が言った。

 「ねぇ、パパ! 陽菜、いっぽんばし出来るよ! ママもこっちこっち!」

 陽太と葵の手を無理矢理引っ張って、陽菜はまた平均台にまでやってきた。今度は左右から陽菜を挟み込むように、二人で娘の手を取る。


 「一本橋渡れ、さぁ渡れ。一本橋渡れ、さぁ渡れ」


 陽菜が得意げに一本橋を披露する。思わず笑みを零した陽太が横を見ると、葵も幸せそうな顔でこちらを見ていた。陽太は陽菜に解からないように、葵にそっとキスをした。



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双頭の少女 大谷寺 光 @H_Oyaji

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