白を基調とした静寂の空間に、校庭から伝わる体育の授業の喧騒が忍び込んでいた。僅かに空調の効いた室内に沈殿するかのような静けさは、閉め切った窓を通して時折聞こえる「ピッ」という笛の音にかき乱されては、また静かに降りてくる。そんな保健室に据えられた安っぽいベッドに横たわりながら、何処かで見たような風景だという既視感に心を弄ばせながら、凛はボンヤリと天井を見上げていたのだった。

 ただ、かつて見たことのある風景とは、決定的に違う要素もそこには有る。凛の顔を心配そうに覗き込む陽太が居るのだ。

 「陽太・・・」

 擦れた声でベッドから手を伸ばす凛。背後の机で何かをしきりと書き留めている養護教諭を気にしながら、陽太はその手をそっと握った。

 「大丈夫か? 凛」

 「うん。もう大丈夫」

 「でも、もう少し休んでいなよ。急いで戻ってもしょうがないからさ。勉強だったら、後で俺が教えてやるから」

 「うん」

 校庭で集合の号令でも掛ったのだろう。「ピピーーーッ!」と鋭く長い笛の音が聞こえた。

 「あのさぁ、凛」

 「ん?」

 「例の発作だけど・・・ 最近、少し多くなってないか? だんだん、その頻度が増してきてるように思うんだけど・・・ 違う?」

 「うん・・・ そうかな」

 この件に関しては、さすがの凛も渋々認めた。

 「月一の定期検査だけじゃなくってもいいんだろ? 調子が悪いなら病院行った方がいいって」

 「うん、これからはそうする。でも今日は、その月一の検査の日なんだ。だから学校の帰りに寄るの」

 「そうなんだ? じゃぁ、俺も一緒に行こうか? ほら、途中でまた調子が悪くなったりしたらヤバイじゃん」

 「ううん、大丈夫。発作はそんなに立て続けに起きないことは知ってるでしょ?」

 「ま、まぁね」

 「本当に大丈夫だから、心配しなくてもいいよ。まったく、君は心配性だな」

 あくまでも気丈に振る舞う凛を説得し切れないのはいつものことだ。それに関しては、陽太は既に諦めていると言って良い。その外面からは計り知れないような強固な芯が一本、彼女の中を真っ直ぐに貫いていることを陽太は知っている。

 「じゃぁさ、もっとチャンと診て貰えるように言いなよ、先生に。ほら、脳波だけじゃなくってさ。検査入院みたいに、しっかりと診て下さいって」

 「うん、そうだね。今日先生に言ってみるよ」

 そう言って凛は笑い、繋いだ手をギュっと握った。陽太もその手を強く握り返したが、何とも言えぬ胸騒ぎを払拭し切ることは出来なかった。保健室に連れてくる前の教室での凜。あの様子が陽太の頭から離れないのだ。


 (あの時の凛は、明らかに俺を見て動揺していた・・・ でも、何故?)


 頭が混乱していただけかもしれない。そう思いたい気持ちは有るが、それでは納得し切れない「何か」が陽太の中で渦巻いていた。それをどう表現したものか陽太には明確な答えが浮かばないのだが、強いて言えばあれは・・・。


 (まるであの時の凛は、凛ではなかったような・・・)


 二人を取り巻くように、不穏な影が音も無く忍び寄って来ているように感じがした陽太は、悪寒のようなものを感じてブルリと震えるのだった。

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