4
「でもね、お母さんは全然悪くないんだ」
「そんなはず・・・!」
勢い込んで口にしてみたものの、実際、陽太は葵の家庭のことなど何も知らない。本当に「そんなはず無い」んだろうか? 本人があまり言いたくはなさそうな素振りを見せるので、ついつい聞きそびれていた部分もある。部外者が迂闊なことを言うべきではないのではないか。そんは風に思ってしまった陽太の言葉は瞬時に勢いを失い、消え入るような尻切れトンボになるのだった。
「・・・無いん・・・ だよね? 本当の親子なんだよ・・・ ね?」
「うん。私とお母さんは、正真正銘の母娘だよ」
「じゃぁ、だったらなんで?」
「それはね・・・」葵は雄太の顔をじっと見つめた。
「私が葵じゃないから」
一瞬、虚を突かれたように言葉を失った陽太は、ムクムクと湧き上がる怒りを抑え込むように叫んだ。
「何だよ、それっ!? からかうのもいい加減にしろよな!」
「ウフフ・・・ からかってなんかないよ。本当だもん」
陽太が怒りを露わにしても、葵はお構いなしだ。
「だから訳が解かんないって言ってるんだよ! 本当の母娘なのに、娘の葵じゃないって何だよ!? じゃぁ、俺の目の前にいるお前は、いったい誰だって言うんだよ!?」
「凛」
「り、りん?」陽太はポカンと口を開けた。
「そう。私は凛。信じられないかもしれないけど、私は渡部葵じゃなく、渡部凛なの。『凛とした朝』とか言う時の『凛』だよ。ほら、
「そんなことは、どうでもいい!」
急に言葉を荒げた陽太に、さすがの葵も押し黙った。
「だから・・・ だから、凛って誰なんだよ?」
怒って顔を背ける陽太に、困ったような笑顔を向けながら葵が言う。
「葵は私のお姉ちゃんなんだ。でも戸籍上では一応、私は葵ってことになってて、それはそれで間違いではないんだけど・・・ 説明がむつかしいなぁ。とにかく、私が本当は凛だってことは誰も知らないの。これを教えたのは陽太だけだからね。クスクス・・・」
「・・・」
こっちは本気で心配しているというのに、こんなおちゃらけた返しをしてくる葵に、陽太の怒りはシュワシュワと萎んでゆく。心配させまいとする葵の、精一杯の虚勢なのだろうか? そう思うと、もうこれ以上、彼女を責める気にはなれないのだった。
「だからさ。二人っきりの時は私のことを『凛』って呼んで欲しいんだ、これからは。でもみんなの前では『葵』って呼んでね。みんなが混乱するから。クスクス・・・」
「そ、そんなこと急に言われたって・・・」
「ねっ。これからは凛って呼んでくれるでしょ?」
「・・・・・・」
「おやぁ? さては君、この私のミステリアスな魅力にメロメロか?」
「馬鹿々々しい・・・」
そう言ってそっぽを向く陽太に凛がしだれ掛かる。
「アハハハ! 陽太の困った顔、可愛い!」
なんだかいいように
彼女の家庭事情に関しては、またいずれ知る機会も有るだろう。別に急ぐ必要なんて無いのだ。寄り掛かってきた凛の頭をヘッドロックした陽太は、その頭頂部を拳骨でグリグリしてやった。
「オラオラオラ、凜さんよぉ!」
「きゃぁーーっ! 痛いぃーーーっ!」
「がはははは。参ったか!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます