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思い出すほどに葵の母の ──あの女性が葵の母親かどうか確認してはいないが── 異常性が際立ち、陽太は訳も無く落ち着かないのだった。あれはどう考えても、まともじゃない。しかし、そんなことを全く感じさせない普段の葵の朗らかさが、かえってあの状況の異様さを浮き彫りにするのだ。
ひょっとしたら葵は、何か途轍もない状況に置かれているのだろうか? いや、あの状況に合理的な説明付けなど出来るものか。親娘だとか肉親だとか、そんなこと以前にあれは人と人の関係性ではない。
そんな堂々巡りのような想いに耽っていると、陽太は背中に違和感を感じた。
(何だ、この違和感は? 確かこれは・・・・ !!! 思い出した!)
陽太は椅子に座ったまま、ガバリと振り返る。すると、シャーペンの裏で陽太の背中をツンツンしながら笑う、葵の顔がそこには有った。
「葵っ!!!!」
思わず大声を上げてしまって、教室中が一瞬だけシンとなる。でも直ぐにクラスメイトたちは陽太たちへの興味を失い、視線を戻して普段の騒々しい朝のひと時に帰ってゆくのだった。
「おはよう、陽太。私が登校してきたことにも気付かないなんて、いったい何考え事してたの?」
「何じゃねぇよ、馬鹿。葵のことに決まってんだろ!」
「私のこと? やだぁ、陽太ったら。朝っぱらから恥ずかしいこと言わないでよ、もう。馬鹿」
「わっ、ばっ・・・ ちげーよ! そういう意味じゃ・・・」
キーーン、コーーン、カーーン、コーーン・・・
始業のチャイムが鳴った。
「クスクスクス・・・」
「・・・・・・」
とは言うものの、元気そうな葵の顔を見て安心しなかったはずは無い。あの後、LINEを打っても返信が来なかったので、殆ど眠れなかったくらいなのだから。陽太は呆れたような表情で「ふぅ」と溜息を漏らす。
「後でちゃんと話を聞かせろよな」あえてチョッと怒ったような表情で言う。
「はぁ~い」葵は小学生の子供のように返事をし、そしてまた笑った。
「・・・それ以来、たまに気が遠くなるような感じになるの。でも暫くすると、なんでも無かったみたいに復活しちゃうんだけどね。アハハ」
「アハハじゃないだろ、まったく・・・」放課後の下校時、二人は昨日の話の続きをしていた。「ビックリさせんなよな。そんな症状が有るんなら、前もって言っておけよ。突然、あんな風になられて、周りにいる人間がどんな思いをするか、少しは考えろよ。だいたいさ、葵って元々・・・」
「あぁ~、もう解かったから。ごめんなさい」葵は顔の前で両手を合わせる。「本当にごめんなさい。これでも反省してるから許して。ねっ、お願い」
拝むような姿勢で片目だけを開けて、葵は悪戯っ子のような顔で陽太を見た。それを見た陽太はいつものように、それ以上の小言を続けることが出来なくなってしまうのだった。
「もう、いいけどさ・・・ ってか、それって交通事故の後遺症か何かじゃないの? もう一度ちゃんと診て貰った方が良くないか?」
「うん、今でも月一で脳波の検査には行ってるんだよ。最近は山崎先生が・・・ あつ、主治医の先生ね。その先生が『お変わりないですね』って言うだけなんだけどね」
「脳波って頭に何か付けて測るやつじゃん? そういう古典的なのじゃなくって、もっとこう・・・」
陽太は両手で大きな丸を作ると、次に右手を横にしてその輪を通すような
「MRIとか?」
自分が葵の笑いのツボをグィグィ押していることにも気付かず、陽太は呑気に続ける。
「そう、それ。そういった先端医療みたいなのでチェックしないの? わざわざ東応大病院にまで行ってるのに」
「うん、最近は脳波だけなんだ。でも看護師さんじゃなくって、山崎先生が直接、測ってくれるんだよ。希少な症例だからって」
「ふぅ~ん・・・ 希少ねぇ・・・」
そこで陽太は言い淀む。勿論、葵の症状も心配なのだが、それよりも・・・
「ねぇ、もう一つ聞いてもいい?」
「ん? 何?」
「葵のお母さんのこと」
「・・・・・・」
突然固まった葵の表情を見て、陽太は慌てた。
「あっ、もちろん、嫌だったらいいんだよ。無理に教えろって意味じゃないから。ただ、チョッと・・・」
「お母さんはね・・・」
葵は陽太の言葉を遮った。それは何かの決意の表れであるように、陽太には思えたのであった。
「お母さんはね、私のこと実の娘だとは思ってないんだ」
「何だって!?」
今度は陽太が固まった。それを見た葵は、寂しそうに笑った。
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