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ピンポーーーン・・・
呼び鈴を押しても反応は無かった。葵は陽太にもたれ掛かるように、やっとの思いで立っている。街で倒れそうになった時ほどではないにしても、やはり調子は悪そうだ。陽太は葵の腰に腕を回し、彼女の身体をしっかりと支えながらもう一度、呼び鈴を押した。
ピンポーン、ピンポーーーン・・・
更に暫く待つと、インターフォンがガサガサとしたノイズを上げ、中に人が居ることを伝えた。
「はい・・・」
気怠さに幾らばかりかの冷たさがない交ぜとなった、女性の擦れた声が聞こえた。
「あの、お嬢さんが・・・ 葵さんが突然、気分が悪くなったみたいで・・・」
「・・・お待ち下さい・・・ ボツッ」
声の主は慌てる様子も無く、感情の籠らない言葉を残してインターフォンを切った。そして玄関ドアの向こう側に人の気配がしたかと思うと、ガチャガチャとチェーンを外す音が聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。その隙間から顔を覗かせた葵の母と思しき女性は、陽太と彼に抱きかかえられるようにして立つ葵を見て、ギョッとしたような表情を作る。しかし陽太はあまりにも気が動転していて、母親の表情や態度に注意を払うことすら出来ずにいた。
「葵さんの調子が急に悪くなったんです。だから・・・」
陽太がそう話している間にも、母親は玄関ドアを大きく開き、葵に入るように促した。卒倒しそうなほどに憔悴している娘に声を掛けるでもなく、手を差し伸べることも無く、ただ黙ってドアを開いたのだ。「さっさと入れ」と言わんばかりに。
「えっ?」
この時になって初めて、陽太は彼女の異常な態度に気が及んだのだった。
「あ、あの・・・」
「大丈夫・・・ ありがとう、陽太」
そう言って葵は陽太の肩から離れ、自分の足で歩いて開かれたドアを跨いだ。今にも倒れそうな足取りで。
何が何だか解らず、陽太が呆然とその後姿を見送っていると、葵が玄関の段差に躓いてドアの横に立つ母親にしだれ掛かりそうになる。その瞬間の葵の母の反応を、陽太は見逃さなかった。それはある意味、衝撃的な光景だったからだ。彼女は小さな声で「ヒッ」と顔を強張らせ、そして僅かに身体を引いたのだ。まるで葵が、触るのも汚らわしい何かであるかのように。
母親の前をフラフラと通り過ぎ、玄関の上り口にストンと座り込んだ葵は、陽太の方を振り返って再び弱弱しく笑う。
「ごめんね、陽太・・・ 手間掛けちゃったね」
「い、いや・・・ 俺は全然・・・」
しかし、二人の会話が終わるのを待たずして、葵の母親は玄関ドアを閉めてしまった。その後にロックする音が聞こえ、家の奥へとスタスタと歩き去る足音が続く。おそらく葵は、まだ玄関の上り口に座り込んでいるに違いない。それなのに母親はさっさと奥へと引き上げてしまったのだ。
陽太は言葉を失い、暫くその場から立ち去ることが出来なかった。
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