第四章:渡部 凛

 葵のペースに乗せられながらも、陽太は楽しい学園生活を謳歌していた。どちらかが告白したとか、そんな劇的なイベントは何も無かった。ただ、自然の流れとして二人は自他共に認めるカップルとなっていったのだ。これを「ズルズル」とか「ベタベタ」と表現するのだろうか? 陽太はそんな風に思って、くすぐったいような気分になるのだった。

 元々、特定の異性と付き合った経験など無い陽太にとって ──中二から眠り続けていた葵にしても、おそらく同じような境遇だろう── それは今まで気付きもしなかった充実感を与えるものだった。別に「硬派」を気取っていたわけではないが、改めて女の子というものに正面から向き合うことで、陽太は自分の生活が、いや更に言えば人生すらも違った色を放ち始めているのを感じていた。


 ─ 一本橋渡れ、さぁ渡れ。一本橋渡れ、さぁ渡れ ─


 歩道沿いの植え込みを取り囲むように敷設されたコンクリートブロックの上を、グラグラと揺れながら歩く葵が口ずさむ。子供の頃に誰もが口にしたことが有る、歌と言う程のものでもないメロディ。両手を左右に広げバランスを取りながら ──しかし、その内の一本はしっかりと雄太の肩に添えられているので、チョッとインチキだ── 子供のようにはしゃぐ葵に陽太が言う。

 「ねぇ、葵」

 「ん? 何?」足元に集中しながら葵は応えた。

 「葵って昔はもっと大人しかったよね? こんなにお転婆だった印象は無いんだけど」

 植え込みの端でピョンと飛び降りた彼女は、眩しそうな顔で陽太を見た。

 「そっかな? いいじゃん、別に。積極的なことは良いことだよ。違う?」

 「そりゃまぁ、そうなんだけどさ」

 「それより、お転婆ってのは聞き捨てならないぞ」

 「アハハハ。悪い悪い。他に・・・ ん? どうした? 気分でも悪いの?」

 つい今しがたまで元気だった葵は、突然、その足元がおぼつかなくなっていた。焦点の合わない視線を地面に落とし、何だか立っているのも辛そうだ。フラフラする彼女の身体を慌てて支える陽太。

 「葵! どうした? しっかりしろ!」

 「う、うん・・・ ちょっと・・・ ごめん・・・」

 顔色は蒼白だ。冷や汗もかいている。貧血だろうか? 明らかに普通ではない葵に、陽太は狼狽えた。

 「葵! 救急車呼ぶか!? どうしたらいい!?」

 「だ、大丈夫・・・ 中間試験の勉強で徹夜して、ちょっと疲れてるだけだから」

 弱弱しく応える葵。だが、その言葉を真に受けるほど陽太は愚かではない。

 「本当に大丈夫なのか? 無理しなくていいんだぞ」

 そう言って陽太は、さっきまで一本橋にしていた植え込みに葵を座らせる。

 「うん、大丈夫。でも、このまま家まで送ってくれるかな? 今日は陽太の家での勉強会は無しね。ゴメン、陽太ママによろしく言っておいて」

 「構わないよ、そんなこと。んじゃ、俺、一旦、家に帰ってチャリ取って来るよ。その方が速いからさ。じゃぁ、ここに座って待ってな。速攻で行ってくっから」

 「ううん。陽太の家までだったら歩ける・・・」

 「本当に? じゃぁ、ちょっと休んで様子見てから行こう」

 隣に並んで腰を下ろした陽太が葵の肩を抱き寄せると、彼女は陽太の肩に頭をもたせ掛けて目を瞑った。

 「ありがと・・・ 陽太」

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