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中学時代は口数が少なくて目立たない子だったという。同じクラスだったという森下もそう言っているし、陽太自身も ──微かな記憶でしかないが── 葵に対しては森下と同じような印象を持っていた。ところが実際に逢ってみると、あの当時の印象など全く当てにならないことが判る。この葵のどこが大人しいと言うのか? 初日の「背中ツンツン」から始まって、あれよあれよと言う間に怒涛のように攻め込んで来たではないか。おまけにコロコロとよく笑う。
「ねぇねぇ。中学ん時の吉野先生、覚えてる?」
「あぁ、あのバーコードヘアーのくせして、オカマだった?」
「アハハハ、髪の毛とそれは関係無いでしょ? 馬鹿ね、陽太は」
「でも吉野の奴、怒るとメッチャ怖いんだぜ! 鬼の形相のオカマ。地獄だったな、ありゃ」
「アハハハハ」
こうやってどうでもいい話題で盛り上がりながら、葵を自宅の玄関先まで送り届けるのが陽太の日課になりつつあった。今日も陽太の家で宿題やらを済ませた帰りだ。当初は面倒臭いと思わないでもなかったが、彼女が二年間のブランクを埋めるために努力してきたことを聞かされ ──そして今でも、若干ながら勉強の遅れを引き摺っていた── 彼はむしろ積極的に、葵の勉強に付き合ってやるようになっていた。
当然ながら、いつも一緒に居れば気心が知れて親しくなり、それなりに心が通じ合うようになってゆくものだ。だって元々、陽太にとって葵はなんとなく「気になる女の子」でもあったのだから。あの当時の想いが、そのまま延長されて今の想いに至っているとは言わないが、よそよそしい他人がいつしか友達になり、そして親しい友人を経由して次の段階は・・・。
葵の強引な押しに負けて、というような風情を装ってはいるが、既に二人の関係はそういったステージを過ぎていることを陽太は自覚していた。彼自身、今では葵を最も大切な人と思えるほどになっていたのだ。
そしていつものように「んじゃぁな。また明日」と言って自転車に跨った瞬間、葵が陽太の胸の中に飛び込んで来た。
「あ、えっ? あ、葵?」
自転車に跨っていたためにバランスを崩しそうになった陽太は、思わず葵を抱きかかえるような姿勢になる。この予期せぬ状況に、陽太は狼狽えた。期待していなかったと言えば嘘になるが、それが今日だとは全く予想していなかったのだ。
葵は陽太の腕の中で子猫のように小さくなっている。
「あ、葵? どうした? き、急に・・・」
まごつく陽太の質問に答えることも無く葵は顔を上げ、突然、陽太に口づけた。陽太は葵の小さな肩を抱きかかえたまま、それを受け入れた。
そうやって暫くの間、お互いの唇の感触を確かめ合った後、葵は唇を離し、再び陽太の腕の中で小さくなった。それをギュっと抱きしめながら陽太が言う。
「ねぇ、葵」
「何?」
「ちょっと急ぎ過ぎなんじゃないか、俺たち?」
葵は陽太の腕の中で首を振る。
「急いでなんかいないよ。だって私・・・ 二年間も待ってたんだよ。陽太に逢えるのをずっと待ってたんだよ」
そう言って葵は、再び陽太の唇を求める。さっきよりも強く葵を抱きしめた陽太は、今度はしっかりとそれを受け止めたのだった。
葵の自宅の玄関先。街灯の光も届かぬ暗く打ち沈んだような闇に紛れて抱き合う二人を、照明の落とされた真っ暗な家の中からジッと見つめる目が有った。葵の母、久美子だ。ゾッとするような険悪な眼差しで二人を見下ろしていた彼女は、覗き見ていたカーテンの隙間をザッっと音を立てて閉めた。
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