その後のリハビリで葵は急速な回復を示し、体重もどんどん事故前のレベルに近付きつつあった。色を失っていた肌は血色を取り戻し、その笑顔は張りを湛え始めた。事故の際に受けた傷も二年の間に完治していたので、ある意味「何処も悪いところは無い」と言って良い程の状態と言え、規則正しい食事と日々の運動が、彼女を溌剌とした十六歳の少女へと変貌させつつあった。いや正確に言えば、本来あるべき姿へと彼女を復元させていたのだろう。


 時を同じくして病院内では、彼女が居ると部屋がパッと明るくなるようだとの評判が立ち、これまでリハビリに不熱心だった患者の多くが足繁くリハビリ室に通い出すという副次効果も現れ始めていた。頑固で偏屈な ──看護師たちが、あれほど熱心にリハビリの必要性を説いても聞く耳を持たなかった── 爺さん患者ですら、葵の顔見たさに積極的に顔を出すほどだ。

 「横田のお爺ちゃん! そんなに無理したらダメじゃない! 看護師さんが言ってたでしょ。少しずつやんなきゃダメだって」

 駆け寄った葵に抱き起された横田の爺さんが、強がって見せる。

 「なぁ~に、これくらい大丈夫だ。ちょっと足が滑っただけさ」

 「じゃぁ、私がついててあげるから、先ずはあそこまで歩いてみよ」

 以前であれば、そう言う看護師の腕を振り払って「ふんっ。自分で歩けるわい」などと困らせていたくせに、葵に対してはまるで孫でも見るように顔をほころばせるのだ。病気や怪我を治すだけが医者ではないということなのだろう。

 「凄い凄い! お爺ちゃん、凄いっ! 昨日より二メートルも進んだよ!」

 「わっはっは。ざっとこんなもんじゃ」


 一方、彼女の回復に合せ、VIP待遇の個室から一般病棟の相部屋へと移動した先でも、葵は皆の心を鷲掴みにする。四人部屋に移動した葵は、同室の女性とも ──結局、その部屋に入院しているのは葵と彼女だけで、彼女が何の病気、或いは怪我で入院しているのか、葵は知らない── 直ぐに打ち解ける。

 「おばさんとこの娘さん・・・ 清香ちゃんだっけ? 今度、高校なんでしょ? いいなぁ、私も早く退院して学校に行きたいなぁ。でも中二・中三の勉強、何もしてないから、直ぐに高校に行くことは出来ないのかなぁ」

 ベッドに腰かけた葵に、ザラメ煎餅をポリポリやりながら、同室の中年女性が応える。彼女のベッドは、お菓子のクズでザラザラだ。

 「大丈夫よ、葵ちゃんなら。直ぐに追いつけるって。ホラ、うちの清香なんて高校受験つってもな~んにもしてなかったんだから。ホントよくあれで高校行けたもんだと思うわ」

 そう言って更に一口、ザラメ煎餅を口に運ぶ。

 「えぇ~、そんなことないでしょ~。この前お見舞いに来てるの見たら、すっごく頭が良さそうに見えたよ~」

 コロコロと笑う葵に、女性は顔の前で手を振りながら渋い顔を作って見せた。

 「んなわけ無い、んなわけ無い。アレが頭良いんだったら、あたしも少しは安心できるんだけどねぇ・・・。ザラメ煎餅食べる?」

 「頂きま~す。あっ、森田のおばさん。さっき、売店で買って来たリンゴジュース、良かったらどうぞ」

 そんな風に病人たちを励ましたり、話し相手になってやったりする葵の姿に、病院のスタッフたちは本当の意味での医療の意味を、再認識させられた気分になるのだった。ついつい気が滅入りがちな入院生活において、いつも明るく元気に振る舞う葵は、患者たちの心を和ませる天使のような存在だったのかもしれない。

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