「葵ーーーーっ!」

 病室に飛び込んできたのは、主治医の山崎から連絡を受けて駆け付けた葵の母、久美子だった。二年間、愛する娘の回復を信じ、ひたすら祈り続けた彼女に、遂に吉報がもたらされたのだ。

 「お母さん・・・」

 葵が応える間もなく、駆け寄った久美子は葵の骨の浮き出た身体を ──丸二年間も点滴のみで栄養を補給していれば、痩せるのも当たり前である── ひしと抱きしめるのだった。

 「葵ーーっ! 良かったぁ。本当に良かったぁ。ずっと信じてたのよ、私。あなたが帰って来るって、ずっと信じてた・・・」

 止めどなく溢れる涙を抑え切れず、久美子は我が子の肩に顔を埋めて泣き崩れた。葵はむしろ、そんな母の頭にそっと右手を添え、優しくなだめるように左手で背中をさすってやるのだった。

 「うん、返って来たよ。私、返って来たんだよ」

 「しっかりと見せて。あなたの顔を見せて頂戴」

 葵の肩から顔を上げた久美子は、涙で化粧がグシャグシャなのを気にする様子も見せず、両手で葵の顔を包み込んで自分の前に持ってきた。二年振りに親子の視線が重なった瞬間だった。

 「あぁぁぁ・・・ 良かった。本当にあなたなのね、葵。私の可愛い娘」

 再び抱きしめる母に向かって葵が言う。

 「もう、大袈裟なんだからぁ。お母さんって。クスクス」

 「笑い事じゃないでしょ! もう、馬鹿な子ねっ! あんなに車には気を付けろって言ったのに。本当にお馬鹿さんなんだから・・・」

 また泣き出す母を肩で受けながら、葵は優しい笑顔を溢した。

 「ごめんね。本当にごめんね・・・」


 母娘の感動の再会 ──そう。毎日世話をしに来ていたとは言え、実質的には二年振りの再会に違いない── を柔らかな微笑みで満たされた顔で見ていた山崎が横から声を掛ける。

 「渡部さん、これは本当に奇跡的な出来事ですよ。私も長い間、医者として働いてきましたが、こんな奇跡を目の当たりにしたのはこれが初めてです」

 久美子は山崎に向き直り、深々と、そして何度も頭を下げた。

 「先生。本当に有難うございます。もう、何と申し上げたら良いか。本当に有難うございます」

 「いやいや、私共は何もしていません。現在の医療技術では、何も出来なかったというのが正直なところなんです。それなのに、こうして葵さんが戻って来た。医者がこんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、きっとお母様の祈りが神様に通じたんでしょう。葵さんの生命力が呼び寄せた奇跡と言っていいのではないでしょうか」

 山崎の指示により、葵の腕からは点滴以外の管も線も取り外されていた。その自由になった手を母親に預けながら、葵は利発そうな顔を山崎に向ける。

 「先生。私、これからどうなるんでしょうか?」

 「うぅ~ん、そうだなぁ・・・」山崎は考え込むような仕草だ。「とりあえず軽い運動から始めて、二年間に低下した体力の回復が必要かな。筋肉もかなり痩せ細ってしまっているから、最初は立つことも出来ないんじゃないかな。でも大丈夫。葵さんはまだ若いし、衰えた筋肉は運動によって必ず元通りになるから。暫くはリハビリで歩くことから始めよう。

 あっ。それから食事を再開しようか。これまではずっと点滴だけだったから、先ずは軽い流動食だね。ウチの病院食はあまり美味しいとは言えないけど、どうかな? 食べられそう?」

 「先生。私もう、お腹がペコペコです」

 葵の軽口に山崎は笑い、久美子も泣き笑いを溢した。

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