第2話 2日目 三十路男、役場へ行く
新しい街の役場に行く。
転入届と、無職になってしまったから年金と国民健康保険と、他にもいくつか、お役所で済まさなければならない手続きが結構あった。
新しい仕事は来月から始まる手筈になっているから、全くの自主都合失業者である私は失業手当は貰えない。
お金の蓄えは全く十分ではなくて、新しい生活の準備としばらくの生活費でほとんど全部無くなってしまうことが決まっていたようなものだから、貰えるものなら失業手当も頂きたい物である。
この国は勝手に仕事をやめた人間に厳しい。つらい。
「すみません、転入手続きをお願いします」
初めて行う手続きに、わたわた。
役場のお姉さんは落ち着いてニコニコ。
「あと、年金と、国民健康保険と、あと」
大丈夫ですよ、落ち着いてくださいね。と役場のお姉さんに言われた。
30にもなって、たかだか役場の手続きも満足にできないのかと、ひどく恥ずかしい思いをした。
けれども、役場のお姉さんは優しく丁寧に手続きの仕方を教えてくれたし、あれやこれやと手続きを済ませると、今度は何となく何かをやり遂げた感じがして、なんだか嬉しい気持ちになった。
行政というモノは、とても不思議だ。
自分勝手に不満や不利益を感じたりするのに、いざお世話になってみると、行政より頼りになるものは中々ない。
それこそ無二の友人だとか、私はそうは思わないけれど、いわゆる普通の親だとか。きっと探してもそのくらいだろうと思う。
運転免許証の住所変更に使う住民票を1部発行してもらって、それを見た。
ホカホカの住民票には、30年使い古した私の名前と、まだ1日しか使っていない新しい住所が書いてある。
たったそれだけのことが、ムカムカするほど気持ちが悪かった。
大嫌いな名前が、これからの希望に満ちた新しい住所を汚しているような気がして仕方がなかった。
まあいずれ、名前も改める。そう思って自分を納得させると、今度は自分でも不思議なくらいテンションがあがった。
いつしか嫌いになっていた名前はそのままだったけれど、初めて自分で、何かを変えれたような気がした。
たかだか住む場所が変わっただけのことだけれど、本当はそうではない。
生き方が変わったのだと思えば、
私という人間は、今日生まれたと言っても過言ではない。
本当に、そう思ったのだった。
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